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2007年5月27日 (日)

100年前の世紀越え(2)

一方日本では、前にも触れたが1901年に慶応義塾大学が「19世紀、20世紀の歓送迎会」を500人の規模で開催している。 

1900年(明治33年)12月31日、まさに19世紀が終わって20世紀を迎えようとする夜、慶應義塾では学生主催の世紀送迎会がにぎやかに行われた。

参加者は約500名であった。そこでの送迎の辞は、「19世紀の文明は自然科学の勝利であったが、科学の進歩は貧富の不平等を起こした。

また、政治上思想上の奴隷を救うをもって始まった19世紀は経済上物質上の奴隷をつくるをもって終わった。

19世紀は絢爛たる文明の花を咲かせたが、これを培養して見事に結実せしめるのは実に20世紀に生きる我らの責務である」と述べている。

祝辞のあと晩餐に入った。

会場には歴史的風刺画が数十枚も掲げられて来会者の興味をそそった。

ナポレオン、黒船、日清戦争などが描かれていた。

12時近くになって一同は運動場に移った。

そこには、大かがり火がたかれ、カンテラが林立して昼を欺くほどの明るさであったという。

儒学者の夢や階級制度の弊害、蓄妾の醜態などが表された3面の風刺画をはじめ、福沢諭吉の寓意による風刺画などが掲げられていた。

12時になると学生が3つの風刺画に対して一斉射撃を行い、それと同時に火が点じられると焔があがって、19世紀の悪習が消えてなくなり、20センチュリーの文字がくっきりと浮かび上がったという。

最後に万歳三唱をして1901年1月1日午前0時20分に解散した。慶應義塾学生主催の「19世紀、20世紀の歓送迎会」は、このようにいかにも日本的な世紀越えイベントであった。

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