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2007年5月28日 (月)

100年前の世紀越え(3)

西暦2000年到来にはどのような意味があるのだろうか。

 西暦というものは西洋の暦と認識されている。

しかし、西暦を西洋の暦であるというほど、西洋の暦は一律ではない。 キリストの生誕の年と推定された年を第1年とする西暦は、6世紀にローマの修道僧が考案した。

そして、欧州の一部の国で採用されるようになったのは10世紀頃であるといわれている。しかしながら、そのときの西暦は現在のグレゴリオ暦ではなくユリウス暦であった。

ユリウス暦はユリウス・カエサルが紀元前46年に導入した。

この頃にローマ人が用いていた暦は太陰暦であった。

1年が355日であり暦と季節のずれが生じていたのである。

そこでユリウス・カエサルは太陰暦を1年を365.25日とする太陽暦であるユリウス暦に改暦したのである。

このユリウス暦は、法王グレゴリウス13世によって改暦されるまで1627年間も使用された。 

そしてその後、上述のように法王グレゴリウス13世によって1582年にユリウス暦からグレゴリオ暦に改暦された。

ユリウス暦は1年を365.25日としおり、130年に1日ずつずれてしまうので改暦をする必要が出てきたのである。

ユリウス暦では季節がだんだんずれしまい、3月21日の春分の日になってもまだ寒いという状況が生まれた。

季節と暦があわなくなってしまったのである。

そこでグレゴレオ歴に改暦したのであるが、カトリックは1582年にすぐにグレゴリオ暦を取り入れたが、プロテスタントは取り入れず、1700年頃からやっとグレゴレオ歴を使用し始めた。

この様に、イギリスやアメリカが西暦(グレゴリオ暦)を使用したのは、1752年(18世紀)からであった。

 ギリシャは1920年にグレゴリオ暦に改暦しており、20世紀に入ってからである。 

そういう意味で、18世紀までヨ-ロッパでは正月の時期も違っており、現在の西暦というものが西洋の暦であると考えるより、むしろ、グレゴリオ暦という太陽暦の新暦であると解釈した方が良いのである。

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