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2007年5月30日 (水)

100年前の世紀越え(5)

日本においても午前0時に日付が変わると考えるようになったのは明治以降である。

江戸時代は夜明けが一日の始まりであると考えるのが一般的であった。

 このように、西暦を単純に西洋の暦と狭く解釈することには問題が多いといえる。 

それでは西暦はキリスト教の暦であるといえるだろうか。

確かに、西暦という概念はアンノ・ドミニ(anno domini、主の年から)というキリスト紀元に由来している。

しかし、キリストが生誕したのは紀元前4年であり計算違いであることが後に明らかになっている。

 また、ヨーロッパでキリスト教が国教化される頃の暦にはオリンピアド紀元(BC776年)やローマ建国紀元(BC753年)などがあった。

キリスト紀元は525年にローマ在住のスキティアの僧、ディオニシウス・エクシグウスによって復活祭の暦を作成する際に提案された。

しかしながら、キリスト紀元は17世紀中旬に広まったのである。

フランスのイエズス会のドメニクス・ペタヴィウスが「時間原則について」という著書で提案したのがきっかけとなった。

そして、西暦(グレゴリオ暦)はカトリックにはすぐに受け入れられたが、プロテスタントからは拒絶され続けたのである。

 したがって、一概に西暦をキリスト教の暦であると決めることもできないことがわかる。

 西暦(グレゴリオ暦)は暦として現代人に利用しやすいグローバルスタンダードなのである。

そのグローバルスタンダードの暦が2000年という区切りの数字になると考えるのが自然である。

西暦は確かに西洋の暦であったが、地球と月と太陽の関係をうまくとらえた地球の暦となりつつあるのである。

西暦2000年を目前にして、人類は共通の暦を使用するようになった。地球上の個性ある地域の暦を大切に守り育てると同時に、グローバルスタンダードとしての地球暦である西暦は人類共通の財産であるといえるように思われる。

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