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2007年5月

2007年5月30日 (水)

100年前の世紀越え(5)

日本においても午前0時に日付が変わると考えるようになったのは明治以降である。

江戸時代は夜明けが一日の始まりであると考えるのが一般的であった。

 このように、西暦を単純に西洋の暦と狭く解釈することには問題が多いといえる。 

それでは西暦はキリスト教の暦であるといえるだろうか。

確かに、西暦という概念はアンノ・ドミニ(anno domini、主の年から)というキリスト紀元に由来している。

しかし、キリストが生誕したのは紀元前4年であり計算違いであることが後に明らかになっている。

 また、ヨーロッパでキリスト教が国教化される頃の暦にはオリンピアド紀元(BC776年)やローマ建国紀元(BC753年)などがあった。

キリスト紀元は525年にローマ在住のスキティアの僧、ディオニシウス・エクシグウスによって復活祭の暦を作成する際に提案された。

しかしながら、キリスト紀元は17世紀中旬に広まったのである。

フランスのイエズス会のドメニクス・ペタヴィウスが「時間原則について」という著書で提案したのがきっかけとなった。

そして、西暦(グレゴリオ暦)はカトリックにはすぐに受け入れられたが、プロテスタントからは拒絶され続けたのである。

 したがって、一概に西暦をキリスト教の暦であると決めることもできないことがわかる。

 西暦(グレゴリオ暦)は暦として現代人に利用しやすいグローバルスタンダードなのである。

そのグローバルスタンダードの暦が2000年という区切りの数字になると考えるのが自然である。

西暦は確かに西洋の暦であったが、地球と月と太陽の関係をうまくとらえた地球の暦となりつつあるのである。

西暦2000年を目前にして、人類は共通の暦を使用するようになった。地球上の個性ある地域の暦を大切に守り育てると同時に、グローバルスタンダードとしての地球暦である西暦は人類共通の財産であるといえるように思われる。

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2007年5月29日 (火)

100年前の世紀越え(4)

20世紀末の現在でも暦というのは非常に多様である。

ロシアの教会は現在もユリウス暦を使っている。したがって、ロシアの教会ではクリスマスを西暦(グレゴリオ歴)の1月に入ってから行っている。

イラン暦(ジカラリ-歴)では春分の日が一年の始まりであり、エチオピアでは9月6日が新年になり、西暦(グレゴリオ暦)の7年遅れである。

また、ユダヤ教徒は天地創造とされる紀元前3760年、一部のヒンズー教徒は暗黒時代の始まりとされる3102年、イスラム教徒はマホメットがメディナに移った紀元622年が暦の始まりとしている。

この様に世界中には多様な暦があるのである.

そして、イランのカレンダーには太陽暦のイラン暦、太陰暦のイスラム暦、並びに西暦が一緒に書かれている。

断食などの宗教行事を除いて主な行事はイラン暦に従い、イランの人が西暦を利用することはほとんどないという。

しかしながら、日本の年号を知らなくてもグローバルスタンダードとなりつつあるグレゴリオ暦を知らないわけではないのである。

一方、1日のかわり目も、グリニッジ天文台の西経0度線を基準にした日付変更線を境に午前0時に日付が変わるというのが決まっているが、イスラムでは夕方が 1日の始まりであり、ユダヤ暦では午後6時が1日の始まりとなっている。

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2007年5月28日 (月)

100年前の世紀越え(3)

西暦2000年到来にはどのような意味があるのだろうか。

 西暦というものは西洋の暦と認識されている。

しかし、西暦を西洋の暦であるというほど、西洋の暦は一律ではない。 キリストの生誕の年と推定された年を第1年とする西暦は、6世紀にローマの修道僧が考案した。

そして、欧州の一部の国で採用されるようになったのは10世紀頃であるといわれている。しかしながら、そのときの西暦は現在のグレゴリオ暦ではなくユリウス暦であった。

ユリウス暦はユリウス・カエサルが紀元前46年に導入した。

この頃にローマ人が用いていた暦は太陰暦であった。

1年が355日であり暦と季節のずれが生じていたのである。

そこでユリウス・カエサルは太陰暦を1年を365.25日とする太陽暦であるユリウス暦に改暦したのである。

このユリウス暦は、法王グレゴリウス13世によって改暦されるまで1627年間も使用された。 

そしてその後、上述のように法王グレゴリウス13世によって1582年にユリウス暦からグレゴリオ暦に改暦された。

ユリウス暦は1年を365.25日としおり、130年に1日ずつずれてしまうので改暦をする必要が出てきたのである。

ユリウス暦では季節がだんだんずれしまい、3月21日の春分の日になってもまだ寒いという状況が生まれた。

季節と暦があわなくなってしまったのである。

そこでグレゴレオ歴に改暦したのであるが、カトリックは1582年にすぐにグレゴリオ暦を取り入れたが、プロテスタントは取り入れず、1700年頃からやっとグレゴレオ歴を使用し始めた。

この様に、イギリスやアメリカが西暦(グレゴリオ暦)を使用したのは、1752年(18世紀)からであった。

 ギリシャは1920年にグレゴリオ暦に改暦しており、20世紀に入ってからである。 

そういう意味で、18世紀までヨ-ロッパでは正月の時期も違っており、現在の西暦というものが西洋の暦であると考えるより、むしろ、グレゴリオ暦という太陽暦の新暦であると解釈した方が良いのである。

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2007年5月27日 (日)

100年前の世紀越え(2)

一方日本では、前にも触れたが1901年に慶応義塾大学が「19世紀、20世紀の歓送迎会」を500人の規模で開催している。 

1900年(明治33年)12月31日、まさに19世紀が終わって20世紀を迎えようとする夜、慶應義塾では学生主催の世紀送迎会がにぎやかに行われた。

参加者は約500名であった。そこでの送迎の辞は、「19世紀の文明は自然科学の勝利であったが、科学の進歩は貧富の不平等を起こした。

また、政治上思想上の奴隷を救うをもって始まった19世紀は経済上物質上の奴隷をつくるをもって終わった。

19世紀は絢爛たる文明の花を咲かせたが、これを培養して見事に結実せしめるのは実に20世紀に生きる我らの責務である」と述べている。

祝辞のあと晩餐に入った。

会場には歴史的風刺画が数十枚も掲げられて来会者の興味をそそった。

ナポレオン、黒船、日清戦争などが描かれていた。

12時近くになって一同は運動場に移った。

そこには、大かがり火がたかれ、カンテラが林立して昼を欺くほどの明るさであったという。

儒学者の夢や階級制度の弊害、蓄妾の醜態などが表された3面の風刺画をはじめ、福沢諭吉の寓意による風刺画などが掲げられていた。

12時になると学生が3つの風刺画に対して一斉射撃を行い、それと同時に火が点じられると焔があがって、19世紀の悪習が消えてなくなり、20センチュリーの文字がくっきりと浮かび上がったという。

最後に万歳三唱をして1901年1月1日午前0時20分に解散した。慶應義塾学生主催の「19世紀、20世紀の歓送迎会」は、このようにいかにも日本的な世紀越えイベントであった。

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2007年5月26日 (土)

100年前の世紀越え(1)

西暦1900年を中心とした100年前の世紀越えはどのようなものであったのであろうか。

100年前には世紀末現象が起こっている。西暦1900年頃は実は非常に明るい時代であった。車や電気などが20世紀に普及するということがはっきりと予測され、20世紀は非常に良い時代なのだと、人々は未来に明るい展望をもっていた。

 そして、平和で明るい時代は1914年の第1次世界大戦の勃発まで続いた。現在、世紀越え現象が起こっている20世紀末の日本とは比較にならない程、明るい時代であったのである。

そのような楽天的な世の中の風潮の中で一部の人々が20世紀には神への信仰などが失われ、非常に恐ろしい時代が訪れると考えたのである。

それが、世紀末現象である。

この世紀末現象はパリを中心に主にフランスで起こっている。 

100年前の世紀越えには大規模なカウントダウンをベースとしたイベントはなかったといわれている。

そして、20世紀を提示したパリ万博が世紀越えイベントを代表する世紀のイベントであったといえる。 

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2007年5月25日 (金)

100年前の世の中

20世紀初頭の世界人口は16億5000万人であった。国連推計によると20世紀末には約62億人になる見込みであるから、20世紀初頭の世界は現在の4分の1の人口規模であったのである。

 また、日本の1901年(明治34年)の総人口も約4,440万人であり、1996年の約1億2,590万人と比べると約3分の1の人口規模であった。

 そして、この頃の世界は電気、石油、並びに通信などの技術革命に沸いていた。蒸気機関車が電気機関車になり、ガソリンエンジンが実用化されていった。グラハム・ベルが発明した電話でニューヨークとシカゴ間の通話に成功したのもこの頃である。日本も欧米の科学技術の導入につとめ、近代化の道をひた走っていた。

 19世紀末は「イエローナインティーズ」などと呼ばれ黄色がはやった。黄色は不安と反抗のシンボルでもあった。ゴッホは、黄金色のひまわりを描き、糸杉の上で輝く太陽を鮮やかなオレンジ色で彩った。ロートレックは「ムーラン・ルージュ」の踊り子たちをまぶしい黄色で飾ったのである。

 現在日本で大流行のオペレッタが100年前の19世紀末のウィーンでウィンナ・ワルツと一体になって大流行していた。20世紀末の日本は当時のウィーンと似ているともいわれる。ウィーンではハプスブルク帝国の威光は衰え、1873年のウィーン万博が始まっる頃に株価も暴落し、小銭を貯めた多くの市民が没落していった。”バブル崩壊”にあえぐ庶民はワルツの踊りに救いを求め、オペレッタに過去の美しい夢を追ったという。

 また、パリ万博が1900年に開催された。日本人の声の最古のレコードはこの時録音されたもので1900年のものである。「欧米漫遊の川上音二郎一座」が、「オッペケペーをお聞きに達しまする・・・」で始まる。奇異な異国情緒が大当たりして録音したといわれている。パリで川上一座が吹き込んだもので、日本人の声を収めたレコードで最古のものである。

 1900年には米国が中国や英国などを抜き世界一の工業国となっている。19世紀初頭の1800年頃に世界の3分の1を占める工業生産額を誇った中国(清)は産業革命に乗り遅れ、1840年~1842年のアヘン戦争を境にして英国に抜かれ、続いて欧州列強及び米国に抜かれた。

 そして、米国のラスベガスの夜はまだ闇であった。砂漠のオアシスに小さな農場と丸太小屋があっただけである。当時の住人は18人であるという1900年の国勢調査の記録が残っている。

 19世紀は西洋文明が人類の未来にバラ色の夢を描いた産業主義の時代だったといわれている。20世紀にはその反省が台頭し資本主義の発展も植民地支配の上に成立していたにすぎないことに気づき始めていた。

 一方、日本は欧米の科学技術の導入につとめ、近代化の道をひた走っていた。1901年には東洋一の規模の官営八幡製鉄所第1溶鉱炉にに火が入り操業されている。また、ヨーロッパ先進国で書き言葉と話し言葉が一致しているのに気づき、不言一致運動が進んだ。小学校教育の中に国語科ができた。1902年には日英同盟が結ばれた。また、八甲田山死の彷徨も1902年のことである。1903年には第5回内国産業博覧会が大阪・天王寺公園で開催された。海外18カ国の参加も見て、20世紀の幕開けを象徴する新製品が展示された。一番人気は電気冷蔵庫であったという。温度保持のため、一度に50人しか見学できずに行列ができた。夜になると各展示館はイルミネーションで飾られた。電飾をイルミネーションといったのはこのときが最初である。6,700個の電灯が使われ、5ヵ月間の会期中に530万人の人が入場した。

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2007年5月24日 (木)

1000年前のミレニアム

今から1000年前の西暦1000年のミレニアムの到来はどのようなものであったのだろうか。

 1000年前のミレニアムは、暦としての千年紀としての認識はなかった。キリスト教社会における千年王国の到来であった。

 千年王国とは、「キリスト教の世界において終末にあたってキリストが再臨し、千年間統治すると信じられた王国」である。転じて正義と平和が支配する理想的世界や、ユ-トピア、黄金時代を指すこともある。

 したがって、西暦1000年頃はその終末にあたった。キリスト教社会では終末感が漂ったのである。

 ミレニアムの直前の990年代には西暦1000年に終末が来るという確信が世の中に広がっていたといわれている。

 しかし、当時の記録はほとんどない。その限られた記録を残した人の一人に945年から1004年まで生きた修道院改革者のフルリ大修道院長がいる。フルリ院長は若い頃パリの大聖堂に集まった人々の前で紀元1000年が終わるやいなや反キリストが現れ、その後まもなく最後の審判が下り、この世が終わるという説教を聞いたという。しかし、フルリ院長はこの説教に異論を唱えている。フルリ院長は司教である。司教が迫り来るミレニアムについてこの世は終わらないと説教をすれば説得力がある。したがって、ミレニアムには終末に対する不安とそれに対する疑問が混在していたと考えられる。

 そして、西暦1000年から数年経過すると最後の審判が起こらなかったいう安堵から多くの聖堂が改築されることになった。

 また、キリスト教以外の文化圏では西暦1000年の到来にほとんど関心を示さなかった。地球には多様な文化が形成され、それぞれが独自の暦をもっていた。例えば、ユダヤ教徒は天地創造とされる紀元前3760年を暦の始まりとしていた。ヒンドゥー教徒の一部は暗黒時代の始まりとされる紀元前3102年、イスラム教徒はマホメットがメディナに移った紀元622年を暦の始まりとしていたのである。日本は年号を使っていた。この様に、キリスト教以外の文化圏は西暦1000年に特別な関心を払わなかった。

 したがって、当然のことながらそれから1000年後の西暦2000年に地球規模でカウントダウンが企画されることなど想像もできなかったと思われるのである。

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2007年5月22日 (火)

1000年前の世の中

地球の誕生は46億年前といわれている。その46億年前の1月1日の午前0時に地球が誕生したとして、それから現在までの出来事を1年間のカレンダーに仕立てたのが地球暦である。

 地球暦では最初の生物が海に現れたのは5月であり、陸にあがったのは11月下旬のことである。12月の下旬に恐竜の全盛時代になる。その恐竜もクリスマスの日には絶滅して姿を消す。人類は大晦日の晩になってようやく姿を現す。

 人類の最初の祖先といわれているのは1979年にエチオピアで発見された約400万年前の女性の化石人骨で身長1.2メートル体重26キロの「ルーシー」である。調査隊が好んでビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイヤモンズ」を歌ったことから「ルーシー」と名付けられた。この400万年前は氷河が地表を覆う時代であった。「ルーシー」は厳しい自然環境と戦っていたのである。そして、100万年前頃から人類はアフリカから各地へと広がっていった。80万年から70万年前に火を使用し始め、50万年前に原人が現れる。20万年前には旧人となり、約4万年前に人類の直接の祖先であるホモ・サピエンスが現れた。この時が地球暦の午後11時57分48秒頃である。

 そして、1万年前に農業革命が起こる。世界最古の都市はヨルダン川流域のイェリコであり、この頃につくられた。都市が一般化したのはそれから5000年後であり今から5000年前である。そして、西暦1000年となった。西暦1000年は地球暦では大晦日の午後11時59分56秒をまわった頃である。そして、産業革命が起こったのは150年前である。地球暦では11時59分59秒をまわっている。

 この様に、地球暦では1000年はわずか3秒あまりである。しかし、人類にとっては1000年はとても長い時間なのである。

 さて、その西暦1000年頃はいったいどのような時代であったのだろうか。ナショナルジオグラフィック社の2000年特集などから西暦1000年頃の世の中を見てみよう。

 西暦1000年頃の全世界の人口は2億5000万人であったという。当時の世界最大の都市は、スペインのコルドバであり、コルドバには45万人が居住していた。世界人口の増加率は0.1%で、5歳未満の子供の死亡率は5割にも達したという。

 文化は世界各地にばらばらに存在していた。西暦1000年頃の主役は中国であった。

 中国の統一王朝である宋が世界の3分の1近い人口を占めていたのである。地球上の最も豊かな場所で最も文明化されていたのは中国であった。中国の広大な領土で戦いが繰り広げられたり、画期的な新技術が考案され、その影響が遠くの地域にまで及んだという。中国では火薬や紙幣、活字、鋳鉄を製造する溶鉱炉などの様々な発明が相次いでいて、「開宝本草」などの書物が記されている。また、イスラム圏はイベリア半島から北インドまで広がっていた。一方、欧州は中世の暗黒時代であった。

 西暦1000年頃は世界はまだあまり交流をしていなかった。欧州の多くの知識人は地球が平らでないことを知っていたが、あえて外洋に乗り出そうとはしなかったという。例外的に古代スカンジナビア人が現在のカナダ北東部に上陸している。一方、ポリネシア人たちはフィジー諸島やクック諸島に入植し、ニュージーランドに進出したのも西暦1000年頃のことである。中国人は世界一周も可能な船を建造したが、遠洋航海には乗り出さなかったという。

 まだ世界的な文化は育っていなかった。貿易は次第に人々の考えに新風を吹き込んだ。例えば、スカンジナビア人は、現在のロシアに議会制度を伝えた。しかし、これは長くは続かなかったという。

 西暦1000年頃は日本は平安時代であった。日本では宮廷文学が花開き「源氏物語」や「枕草子」が記された。一方、北アメリカでは豆の栽培が広まり、ヨーロッパなどでは奴隷貿易が行われていた。

 インドが9個の数字と”ゼロ”を意味する記号を使った数学体系を創造したのも西暦1000年頃のことである。また、アラビア語の書物がラテン語に翻訳され、アスロラーベ(天体観測機)などの機器類の普及に貢献している。中国では地震計が登場し、イスラムの数学者で天文学者のイブン・アル・ヘイサムは大気による光屈折と天体との関係を研究していたという。

 環境面では人類は自然に大きな影響を与えるようになってきている。マヤ族やトトナック族など、中南米の民族は西暦1000年頃にカカオ豆でチョコレートを作っていた。一方、ハワイ島やイースター島に住み着いたポリネシア人たちは森林を焼き払って土地を利用するようになり、そのために多くの固有の動植物が絶滅への道を歩んだという。また、ヨーロッパでも金属を得るために木炭が多く使われるようになり森林伐採に拍車がかかったのである。そして、この頃の気候の変化がアフリカのサハラ周辺の広大な地域を砂漠に変えたという。

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2007年5月21日 (月)

西暦2000年到来の意味

西暦2000年到来にはどのような意味があるのだろうか。

 西暦というものは西洋の暦と認識されている。しかし、西暦を西洋の暦であるというほど、西洋の暦は一律ではない。

 キリストの生誕の年と推定された年を第1年とする西暦は、6世紀にローマの修道僧が考案した。そして、欧州の一部の国で採用されるようになったのは10世紀頃であるといわれている。しかしながら、そのときの西暦は現在のグレゴリオ暦ではなくユリウス暦であった。ユリウス暦はユリウス・カエサルが紀元前46年に導入した。この頃にローマ人が用いていた暦は太陰暦であった。1年が355日であり暦と季節のずれが生じていたのである。そこでユリウス・カエサルは太陰暦を1年を365.25日とする太陽暦であるユリウス暦に改暦したのである。このユリウス暦は、法王グレゴリウス13世によって改暦されるまで1627年間も使用された。

 そしてその後、上述のように法王グレゴリウス13世によって1582年にユリウス暦からグレゴリオ暦に改暦された。ユリウス暦は1年を365.25日としおり、130年に1日ずつずれてしまうので改暦をする必要が出てきたのである。ユリウス暦では季節がだんだんずれしまい、3月21日の春分の日になってもまだ寒いという状況が生まれた。季節と暦があわなくなってしまったのである。そこでグレゴレオ歴に改暦したのであるが、カトリックは1582年にすぐにグレゴリオ暦を取り入れたが、プロテスタントは取り入れず、1700年頃からやっとグレゴレオ歴を使用し始めた。この様に、イギリスやアメリカが西暦(グレゴリオ暦)を使用したのは、1752年(18世紀)からであった。

 ギリシャは1920年にグレゴリオ暦に改暦しており、20世紀に入ってからである。

 そういう意味で、18世紀までヨ-ロッパでは正月の時期も違っており、現在の西暦というものが西洋の暦であると考えるより、むしろ、グレゴリオ暦という太陽暦の新暦であると解釈した方が良いのである。

 20世紀末の現在でも暦というのは非常に多様である。ロシアの教会は現在もユリウス暦を使っている。したがって、ロシアの教会ではクリスマスを西暦(グレゴリオ歴)の1月に入ってから行っている。イラン暦(ジカラリ-歴)では春分の日が一年の始まりであり、エチオピアでは9月6日が新年になり、西暦(グレゴリオ暦)の7年遅れである。

 また、ユダヤ教徒は天地創造とされる紀元前3760年、一部のヒンズー教徒は暗黒時代の始まりとされる3102年、イスラム教徒はマホメットがメディナに移った紀元622年が暦の始まりとしている。この様に世界中には多様な暦があるのである。

 そして、イランのカレンダーには太陽暦のイラン暦、太陰暦のイスラム暦、並びに西暦が一緒に書かれている。断食などの宗教行事を除いて主な行事はイラン暦に従い、イランの人が西暦を利用することはほとんどないという。しかしながら、日本の年号を知らなくてもグローバルスタンダードとなりつつあるグレゴリオ暦を知らないわけではないのである。

 一方、1日のかわり目も、グリニッジ天文台の西経0度線を基準にした日付変更線を境に午前0時に日付が変わるというのが決まっているが、イスラムでは夕方が 1日の始まりであり、ユダヤ暦では午後6時が1日の始まりとなっている。

 日本においても午前0時に日付が変わると考えるようになったのは明治以降である。江戸時代は夜明けが一日の始まりであると考えるのが一般的であった。

 このように、西暦を単純に西洋の暦と狭く解釈することには問題が多いといえる。

 それでは西暦はキリスト教の暦であるといえるだろうか。確かに、西暦という概念はアンノ・ドミニ(anno domini、主の年から)というキリスト紀元に由来している。しかし、キリストが生誕したのは紀元前4年であり計算違いであることが後に明らかになっている。

 また、ヨーロッパでキリスト教が国教化される頃の暦にはオリンピアド紀元(BC776年)やローマ建国紀元(BC753年)などがあった。キリスト紀元は525年にローマ在住のスキティアの僧、ディオニシウス・エクシグウスによって復活祭の暦を作成する際に提案された。しかしながら、キリスト紀元は17世紀中旬に広まったのである。フランスのイエズス会のドメニクス・ペタヴィウスが「時間原則について」という著書で提案したのがきっかけとなった。そして、西暦(グレゴリオ暦)はカトリックにはすぐに受け入れられたが、プロテスタントからは拒絶され続けたのである。

 したがって、一概に西暦をキリスト教の暦であると決めることもできないことがわかる。 西暦(グレゴリオ暦)は暦として現代人に利用しやすいグローバルスタンダードなのである。そのグローバルスタンダードの暦が2000年という区切りの数字になると考えるのが自然である。西暦は確かに西洋の暦であったが、地球と月と太陽の関係をうまくとらえた地球の暦となりつつあるのである。西暦2000年を目前にして、人類は共通の暦を使用するようになった。地球上の個性ある地域の暦を大切に守り育てると同時に、グローバルスタンダードとしての地球暦である西暦は人類共通の財産であるといえるように思われる。

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2007年5月20日 (日)

西暦と日本人

日本人にとって西暦2000年を祝うことはどのような意味を持っているのであろうか。西暦と日本人の関係はどのようなものであろうか。

 西暦というものは西洋の暦であるために日本人にはピンとこないという人も多い。これは当然のことと考えられる。なぜならば、現在の日本では公式には西暦を使うことが認められていないのである。現在の日本で公認されている紀年法は年号(元号の通称)と神武天応即位紀元だけである。神武天皇即位紀元は今でも法的には生きている。この神武天皇の即位紀元から660年を引くと西暦になるという形になっており、あくまでも西暦の使用は認められてはいないのである。

 したがって、元号法に基づいて公式文書には必ず年号を用いなければならない。例えば、婚姻届などに西暦を書いて提出しても年号に訂正されてしまうのである。お役所の関係では日本史の教科書や郵便局等の自動消印機などが西暦になっているだけである。

 年号とは、その君主の在位の期間を象徴するものとして年につけた名称である。日本の年号の歴史は古く、西暦645年の大化から始まっている。ちなみに、1代1元に定められたのは明治以降である。現在、年号を使っている国は世界でも朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と日本だけである。北朝鮮が金日成主席が誕生した1912年を元年にチュチュ(主体)年号を制定するまでは日本だけであった。

 したがって、日本人にとって西暦が潜在的にバタ臭い感じがするのではないかと思われる。しかし、現在の日本では前述のように世紀を意識した様々な世紀越え現象が見られる。そして、世紀は日本文化として独自のスタイルを持ち始めているのである。

 そこで、西暦と日本人の関係について振り返ってみよう。

 宣教師がキリシタンの暦として使っていたのが西洋の暦と日本人との出会いであるといわれている。しかしながら、明治時代に入るまでは日本人は年号だけしか使っていなかった。したがって、100年を超える長い期間を計る尺度がなかった。特に鎌倉時代などは年号が毎年のように変わったため年号があてにならず、庶民は干支を使っていたという。

 その後、江戸時代の1794年閏11月の11日、大槻玄沢は家塾に蘭学者を召集し、新元会と称して初めて西洋の新年を祝うオランダ正月の宴を開いた。その日は西洋の暦の1795年1月1日にあたっていたのである。それ以後、1837年までオランダ正月の宴は開かれた。

 そして、幕末になると西洋の暦に大きな影響を受けるようになる。幕末には、神武天皇即位より○○年という記述が出始めているのである。その後、明治に入り1872年(明治5年)11月15日に年号の長い期間を計ることが出来ないという不便さを克服するために神武天皇即位紀元というものを制定した。当時の政府部内では年号を廃止して紀元だけにするつもりであったが、結局紀元を正式、年号を略式として併用することになった。

 1940年(昭和15年)は皇紀2600年であったが、この時に神武天皇即位2600年祭として祝賀式典などが行われた。オリンピックや万博の計画もあったが開催はされなかった。

 その後、1898年(明治31年)に勅令が出される。その勅令には「1900年(明治33年)に欧米諸国のグレゴリオ暦では閏を省略するのに対し、わが国の太陽暦ではユリウス暦と同じように閏を置くことになっており、3月1日以降彼我の日付に1日の差を生じることを避けるため」とある。そして、その勅令が1900年3月1日に発布された。それ以降、皇紀から660年を減じて西暦に直して使用し始めて行く。

 このように1900年(明治33年)の19世紀最後の年に、庶民が西暦を初めて体験することになった。そして、次の年の1901年、20世紀の最初の年(明治34年)に慶応大学で「19世紀、20世紀の歓送迎会」を開催し、1901年には20世紀という言葉が流行した。

 西暦は大変便利であり、昭和から平成になってから西暦の日常化が加速している。平成何年かをすぐに答えられない人が増えている。

 例えば、西暦(グレゴリオ歴)2000年を年号でいうと平成12年、昭和75年、大正89年、明治133年などとなる。また、西暦2100年は平成112年である。平成12年を除くいずれの年号も実際は使用されないものである。

 小渕総理の施政方針演説でも1999年度予算といっており平成11年度予算とはいわなかった。小渕総理が官房長官の時、元号を「平成」と発表したことを考えると、西暦が日本人にもいかに身近なものになってきているかがわかる。

 新聞の発行日なども西暦を使っており、元号は申しわけ程度に小さく括弧で記載されているのが実態になっている。

 したがって、国際化に対応したグローバルスタンダードとしての暦である太陽暦の新暦、グレゴレオ歴(西暦)の使用を認めることが重要になってきていると思われる。日本人が現在最も多用している暦はグレゴリオ暦(西暦)なのである。西洋の紀元であると単純に判断せずに年号と合わせて西暦の併用を認める時期が来ているのではないだろうか。西暦2000年をきっかけとして西暦を公式文書で使用できるように法改正してはどうだろうか。かつて尺貫法をメートル法に変えたように、西暦2000年を契機に、西暦の使用を認めることが望ましいように思われる。

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2007年5月19日 (土)

子午線の町とグリニッジ天文台の苦悩

建設省国土地理院が人工衛星を使った世界基準の測地系に合わせて緯度・経度の位置を見直す準備をしているのをご存じだろうか。

 測量法は1949年に制定された。国土地理院は明治時代から使っている日本測地系による測量を採用している。現在の基準は東京・麻布台の「経緯度原点」と東京・永田町の「水準原点」となっている。しかし、米国やカナダなど十数国で世界基準が採用されており、日本も世界基準を採用する必要が生じている。、

 そして、世界基準に合わせると緯度と経度がそれぞれ12秒ずつずれる。日本列島体が北西へ約450メートル移動し、ゆがみの補正も実施される。

 このため、東経135度の子午線上に日本標準時を示す大時計がある兵庫県明石市をはじめ、「子午線上市町村交流会」を組織する5市11町は、建物やモニュメントと世界基準とのずれが生じることに困惑している。

 明石市立天文科学館は阪神淡路大震災で崩壊した建物を復旧し1998年3月15日に再オープンしたばかりであり、子午線上で最南端の兵庫県東浦町も1998年3月に東経135度の位置にモニュメントを建てたばかりである。

 測量法の改正案は1999年に国会に提出され、今後10年位をかけながら見直し作業がすすめられる。

 一方、グリニッジ天文台も生き残りが瀬戸際となっているという。グリニッジ天文台は1675年にロンドン郊外に設立され、世界の時刻の基準になるグリニッジ標準時(GMT)を生んだ約300年の伝統を持つ天文学会の名門である。しかし、資金不足などで世界的レベルの宇宙研究や観測機器の開発などを続けていくことが難しくなっている。約100人の天文台スタッフが10人程度に減らされて小さな研究所としてケンブリッジ大学の傘下に入る可能性があるという。

 2000年の到来を目前にして、グリニッジ天文台も子午線上のまちも大きな転機にたたされているのである。グリニッジ天文台がケンブリッジに移転してから旧天文台も博物館になっている。はたして、西暦2100年にもグリニッジ天文台が世界の時刻の基準となっているのだろうか。

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2007年5月18日 (金)

地方時と日の出の時刻

昼と夜は地球が西から東へ自転しているために生じる。しがたって、夜明けは地球上で東にある土地ほど早い。そこで、地球上の各地点に、それぞれ固有の時刻というものがあると考えることができる。この固有の時刻を地方時という。南北に並んだ経度が等しい土地に対する地方時は等しく、経度の差が15度で1時間の時差があるのである。

 ちなみに、日本で一番早い地方時は南鳥島、次に北方領土、そして根室市である。21世紀に一番近い街、根室市は日本で一番地方時が早い最東端の街である。

 そして、ある地域内で経線を選定し、この経線の地方平均時をこの地域内で共通に使うことにした場合、この経線の地方平均時をこの地域での標準時という。日本では明石市を通る東経135度上の地方平均時を日本の標準時としている。

 一方、日の出の時刻は地方時とは別のものである。例えば、初日の出の時刻をみると、千葉県銚子市は北海道根室市よりも西にあり、地方時が遅いにもかかわらず、根室市よりも早く初日の出が見られる。それは、初日の出は南東より北西に向かって昇ることによる。初日の出は緯度と経度、並びに標高によって決まる。したがって、小笠原諸島の南鳥島が5時27分と最も早く、父島が6時20分、富士山頂が6時42分、千葉県銚子市の犬吠崎が6時46分、北海道根室市納沙布岬が6時49分、そして、最後の日の出が沖縄県与那国島で7時32分となる。

 したがって、本土では地方時より初日の出の時刻の差の方が少ない。地方時では約1時間の差がある根室市と長崎市であるが、根室市の初日の出が6時50分であり、長崎市の初日の出が7時23分となっている。その差はわずか33分である。初日の出が経度だけではなく緯度と標高の影響を強く受けることがわかる。ちなみに、那覇市の日の出は7時17分であり、福岡市の7時23分より早いのである。

 ただし、初日の出の時刻は実際に日の出が見られる時刻とは異なる。実際の日の出は雲などによって遅れ、天候の影響を受けやすいのである。したがって、同じ地点でも初日の出が実際に見られる時刻は年によって異なる。

 前述したように、人間の自然な感覚では日の出が一日の始まりとして考える傾向がある。地方時と初日の出の時刻のどちらを重視するかは意見の分かれるところだろう。

 海外でもニュージーランドとトンガが標準時と初日の出の時刻で争っている。世界で一番早い2000年の「初日の出」が見られるニュージーランドのチャタム諸島は、日本時間の12月31日午後7時15分に新年を迎える。

 トンガがサマータイムを使えば、1時間早くなり12月31日午後7時に新年を迎えることになり逆転する。しかし、初日の出は緯度と経度、並びに標高によって決まるため陸から最も早く初日の出が見られるのはニュージーランドのチャタム諸島となる。

 この様に、2000年や21世紀の始まりが早いのはどこかは人間が決めたルールによって変化するのである。

 ちなみに、日本では地方時も初日の出も早いのは南鳥島であるが南鳥島への一般人の上陸は許可されていない。そこで、船上から初日の出を見るツアーの企画が練られている。 陸地から観光をかねて楽しめる場所は、地方時が最も早い最東端の根室市や、初日の出が富士山頂に次いで早い千葉県銚子市である。

 そして、地方時も初日の出も日没も最も遅いのは南国パラダイスの沖縄県与那国島である。20世紀に日本で最後に沈む夕日を見たい人には与那国島がおすすめである。

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2007年5月17日 (木)

世界の一日はどこから始まるのか

昼と夜からなる一日の経過は生活をしていて自然にわかる明らかな自然現象である。しかし、地球上の各地で日付を使うことになると問題が生じる。

 地球は自転をしており地球上では東へ行くほど早く夜が明ける。しかし、地球は丸いので地球上には最東点が存在しない。

 しがたって、各国が最東点を決める協定を結ぶ必要が生じる。そこで、同一経度上の地点は同一の自然時(地方時)をもっていることから、最東点を連ねて一本の経度線となることに着目した。この協定経度線が日付変更線である。この線の西側から地球の一日が始まり、この線の東側で一日が終わることになったのである。

 この日付変更線を決めるにあたっては、ほんの僅か動いただけで日付が違う不便をさけるために、日付変更線はなるべく人の住んでいない地域に設定することとした。

 旧グリニッジ天文台を通る経線を0度としたとき、東経・西経ともに180度の経線は、ベーリング海峡付近に始まりほとんどが無人の太平洋を通過していることから日付変更線をこの経線を基準にし、行政区画を考慮して少し屈曲させたのである。

 太平洋を航海するとき、東経・西経180度の経線通過で日付を変更する習慣は19世紀初頭にはほとんどの国の習慣になっていた。

 しかし、国際条約として成立したのは1884年の万国子午線会議の決議である。

 そしてそれから100年以上のち、2000年の到来がせまった時、世界でどこが一番早く2000年を迎えるのかを日付変更線に近いキリバス、トンガ、フィジーなどの太平洋の国々が先陣争いをすることとなった。

 キリバスは東西約4000キロメートルの島嶼国家である。現在、国の中央を走っている日付変更線を東側に変更することで2000年の一番乗りをねらっている。日付変更線は赤道のやや南で東にずれている。そこで、2000年の到来を契機に国内の日付を統一する意味もあり、キリバス政府は日付変更線を東側に移すことを宣言した。トンガより遙かに東に突き出て、2000年を最初に迎える国として観光客誘致に乗り出している。日付変更線には公式協定はなく、この宣言を否定する理由は何もないのである。2000年を一番早く迎える国として国際的に認知されつつある。

 一方、トンガはサマータイムの導入を検討している。ニュージーランドのチャタム諸島は9月下旬から3月上旬までサマータイムであるが、トンガがサマータイムを導入すればチャタム諸島より早く2000年を迎えられることになる。カヌーのレースやビーチでのキャンプファイアーなど、1999年のクリスマスから様々なイベントを継続的に打ち出す予定で、観光振興の起爆剤にしようと意気込んでいる。

 フィジーも世界で最初に西暦2000年を迎えるのはわが国であると主張している。日付変更線の大部分と重なる東経180度が領内の島の一つを通過していることがその主張の根拠となっている。フィジーもサマータイムを導入して時計の針を1時間進めるとしている。

 日付変更線は人間が作った概念である。どの国が一番早く2000年になるのかを決めることは難しい。

 ちなみに、英国はグリニッジ天文台があることから、英国が一番最初に2000年を迎えるともいっているという。

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2007年5月16日 (水)

一日の始まりは3つもあった(一日のはりまりはいつか)

1日の始まりはいつであろうか。これには3つの考え方がある。

 一つ目は、現在の時刻制度を尊重するという立場からのもので、午前0時を過ぎた時である。現代に生きる我々は午前0時に一日が始まると考えている。江戸時代にはこれを天の昼夜と呼んでいた。

 2つ目は夜明けである。朝の目覚めをもって一日の始まりを実感として受け止めているのである。昔の人にとっては昼と夜は別のものであった。日の出より始まり日没に終わる昼間を人の一日と考えた。一方、日没から日の出にいたる夜間は神の一日と考えるものである。神社の祭礼は夕方から宵宮として始まり夜間に儀式を終える。翌日の夜明けと共に人の一日が始まると、人の神をあがめる行事が繰り広げられるのはそのためであるという説である。したがって、また夜が来ると人の神への崇拝行動は終わり、神を天に送り返す行動が行われて祭りが終わるのである。江戸時代にはこれを人の昼夜と呼んでいた。

 明治にいたるまではこの様に昼を人の一日と考えていたので、昼の長さが季節とともに変動する不定時法が使われていた。一日の始点を夜明けと考えることは自然な感覚であるともいえる。

 3つ目は日没である。その根拠となるものにアシタ、ユウベという言葉がある。現在はアシタといえば明日であり翌日を意味する。しかし、もともとは朝を意味していた。また、ユウベも現在は昨夜のことを意味しているが、もともとは夜を意味していた。したがって、アシタとユウベというのは一日の朝と夜を意味した言葉であった。つまり、ユウベからアシタが一日のサイクルであると考えられるのである。このような日の区分は平安時代の物語などに多く見られる。そこでは、今夜と書いてコヨイと読み、明けた朝になってから前夜を指していっているのである。

 この様に、一日の始まりには3つの考え方があるのである。そして、3つ目の日没が一日の始まりであるとすると大晦日の夜から一年が始まることになる。もともと正月は年中行事の中でも最大の祭りであった。それだけにその準備は重要であったが、準備は日没までに全て終え、祭りそのものは大晦日の夜から元旦の朝にかけて行われた。大晦日の夜に家族が一同に会して寝ずに過ごすことが多い。これは祭りの重要な要素である「おこもり」の影響であると考えられる。また、大晦日の夜の食膳を新年最初の食事とし、「お節料理」はもともと大晦日の夜の食膳である。したがって、古くは大晦日の夜こそ一年の始まりであり年神祭の重要な時であったのである。

 日本では標準時の午前0時に同時に一日が始まる。しかし、地方時では南鳥島と北方領土に続いて根室市から一日が始まる。日の出では南鳥島や父島などに続いて銚子市から一日が始まる。日没では南鳥島と北方領土に続いて根室市からはじまるとなるのである。

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2007年5月15日 (火)

元旦だけでない一年の始まり(年初はいつか)

春夏秋冬という季節の循環は1太陽年で完了する。しかし、1太陽年の始まりである年初をどこにおいても自由である。

 古代ローマでは、現在の3月が年初の月であった。そして、閏日は年末に置いた。2月に閏日を置くのはその名残である。3月が年初であった名残は第7の月を意味するセプテンバーが9月であり、第8の月を意味するオクトーバーが10月であることからもわかる。

 ヨーロッパ各国間でも17世紀頃までは年初の月日が違っていた。例えば、イタリアでは18世紀までベネチアは3月1日、ピサは3月25日、フィレンツェは3月26日が年初であった。イギリスでは、12月25日(クリスマス年初)を採用していたが、14世紀に3月25日(受胎告知年初)に変更され、1752年にグレゴリオ暦(太陽暦の新暦、日本の西暦)を受け入れた法令が発布されたとき、現在の1月1日にしている。

 中国で発達し日本で受容した太陰太陽暦は、農耕用であったので二十四節気の立春を年初と考えていた。

 そして、現在の日本では1月1日から始まり12月31日に終わる一年を暦年と唱えている。したがって、私たちは年初は1月1日であると考えているが、会計年度や学校などは4月1日に始まる。ちなみに、アメリカでは7月1日に始まる。

 このように、年初は本来どこにおいてもよい。グレゴレオ歴が1月1日においているだけである。そして、このグレゴリオ暦はもちろん日本で西暦と呼ばれている暦である。 

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2007年5月14日 (月)

暦はなぜできたのか(暦の起源)

暦というものは、季節の推移や循環を把握するための技術である。食物の自然採取や農耕において、季節の推移や循環について把握ができなければ、人間は生きていくことさえ困難となる。

 暦の語源は日読み(かよみ)や来経数(けよみ)であるといわれ、暦というものは現在を認識し未来に属する季節の循環を予知するために開発された技術であることは間違いない。したがって、暦の主な目的は予定を立てることにあったと考えられる。

 英国のストーンヘンジや日本の縄文時代の環状列石も暦のためにつくられたのではないかといわれている。太陽と月の動きを観測していたと推定されるのである。

 季節というものは自然界の変化である。そして、その季節を把握するには、草木の栄枯を観察して推測する方法がある。しかし、自然界の様子は年によって違いがある。そのために、季節を正確に知るには空に見える太陽と月と星の様子と季節との関係を調べる必要があるのである。

 そして、季節は太陽の南中高度の変化によって生まれることがわかったと思われるのである。ちなみに、南中高度の変化周期は365.2422日(365日5時28分46秒)である。そしてこれを一太陽年という。

 一方、一太陽年の365日は日常必要とする数字よりはるかに多い。そこで日常生活では別の方法で日を数える必要があった。

 そこで、月の満ち欠けの回数を数えることで季節の推移循環を把握しようとした。これが、太陰太陽暦の始まりであるといわれる。太陰太陽暦では1年で11日、3年で33日季節とのずれが生じる。そこで3年に1回閏月を年末に置いた。この閏月の入る年が閏年であった。

 月の満ち欠けの周期は29.53059日である。この周期を朔望月(さくぼうげつ)というが、これを12倍すると354.4日となる。そして、これに11日を加えると一太陽年の長さとなるのである。

 このように、人類は季節の推移や循環を知るために太陽と月などを利用している。時の経過を認識するには太陽と月が欠かせないのである。

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2007年5月13日 (日)

祝うべきは2000年か2001年か

祝うべきは2000年か2001年かということがマスコミなどの話題となるようになって論議されています。暦としては21世紀のスタートや第3ミレニアムのスタートは2001年です。西暦ゼロ年がないために、1年から百年が1世紀であり、1年から1000年が第1ミレニアムとなるのです。ブリティッシュナショナル・ヘリテージ事務局も2001年1月1日をもって第3ミレニアムが始まるとしており、英国のグリニッジ天文台も21世紀は2001年からであるとしています。

 一方、1990年代のスタートは1990年であり1991年ではありません。したがって2000年代のスタートは2000年であって2001年ではないことになります。

 そして、ゼロには始まりの意職があります。「ゼロから始める」などともいい、感覚的には2000年は最後というよりも始まりです。

 中国では2000年からという意見が強く「わが国は2000年にニュージーランド、日本などに続いて五番目に21世紀に入る」と主張した時期がありました。

 また、世界保健機関は2000年1月1日午前0時生まれの赤ちゃんを世紀の赤ちゃんと命名すると発表しているのです。

 ところで、このような「世紀の論争」はある意味ではばかげた論争であるともいえます。1世紀を完成するためには百年が必要です。1900年から1999年まではもちろん一世紀です。しかし、それを20世紀と呼ぶのは正しくありません。20世紀は1901年1月1日から始まり2000年12月31日に終わるのです。

 しかし、このような簡単な計算に基づく明瞭な事実をどこかおかしいと強く感じている人も多いのも事実です。

 この「世紀の論争」は、カミール・フラマリオン氏によれば少なくとも1599年から繰り返されてきました。

 以下の文章は1799年のロンドンタイムズの社説です。

「われわれは今世紀がいつ終わるのかということについてのすべての手紙を拒否し議論を拒むものである。その理由はその議論は人々の注意を引くものとしてはもっともばかげたものであるからである。われわれはそれが今までにかくも問題にされるということに驚きを禁じ得ない。なぜなら、それは自明の理であるからである。99が100であるということが証明されない限り、今世紀は1801年1月1日まで終わらないのである。それは愚かで幼稚な議論であり、われわれの見解と逆の意見を持つ人々の知能の低さを世に知らしめるだけである」。

 そして、それから百年後の19世紀から20世紀への移行でも、ドイツ皇帝のウィルヘルム二世は1900年を20世紀の始まりと宣言し、英国と世紀の論争を展開しました。

 そのようなばかげた論争に対して、「科学アメリカ」1900年1月13日号は哲学的なトーンで「それは尊重するに値する過ちであり、長く続き、たぶん消えることのない問題である」といっています。

 そして、1900年1月にロンドンタイムスに寄せられた世紀の論争に関する投書を調べたホッブハウス男爵は、このばかげた論争が2000年の始まりにも再発することを見抜いていたのです。 

ところで、このばかげた論争を世紀越えイベントの意義と照らし合わせて見てみましょう。世紀越えイベントはカウントダウンだけをやる単なるお祭り騒ぎではありません。カウントダウンは世紀越えイベントのシンボルであり非常に重要です。

 しかし、いかに連続的につながっている時間をとらえて、意義のある世紀越えイベントを展開していくかが重要なのです。

 したがって、区切りが二つあってもよいと考えられます。それぞれ、新しい世紀を迎えるために必要な区切りであるとも考えられるのです。

 カウントダウンのニーズは「ピース2000倶楽部」のアンケート調査でも2000年派と2001年派の二つがあります。したがって、カウントダウンは二回というふうに考えるのが自然です。

確かに世紀の変わり目に意識の転換をしたい、21世紀に変わった時にこれからが21世紀だという区切りをつけたいという感情があるかと思います。しかし、世紀越えイベントの意義を考えると、あまり細かい区切りにとらわれるより、大きく「世紀越え」の中心となる期間を1999年から2001年としてとらえ、大きな世紀の架け橋を架け、むしろそのプロセスを大事にした方が良いと考えられます。

 例えば19世紀末のパリ万博は、20世紀に向けた世紀越えイベントでした。パリ万博でも大論争の末、結局19世紀をしめくくる万国博として開催されました。しかしながら、パリ万博は20世紀には車や電気が普及することを提示し、二十世紀のライフスタイルを示した革新的なイベントであった。世紀のカウントダウンをどちらに打つかというばかげた論争を乗り越えた世紀越えイベントであったのです。歴史的に見ると1900年のパリ万博から世界は20世紀に入ったといえます。

2000年か2001年かといった些細なことにこだわるのではなく、20世紀を総括し21世紀のあり方を考えることが重要であると思われます。

 ピース2000倶楽部では「2000年の歴史的瞬間まで」と「21世紀の歴史的瞬間まで」の二つのカウントダウンを1996年から開始しています。銚子市、愛知県の商店街、根室市なども二つのカウントダウンを行っています。

 また、米ハーバード大のスティーブン・グールド教授は、著書『千年期を問う』のなかで、次の千年期の始まりは2000年か2001年かを論じています。

そこでは、「千年という周期は何の科学的根拠もなく、私たちが十進法を使っているからでしかない。人々が2000年を新しい時代の始まりとして祝いたいなら、そうしていけない理由はない。2000年でも2001年でもどちらでも自由である。自分が創り出したものにこんなに興奮するところに、人間の本性や弱点が見えて興味深い」と述べています。同教授は『進化論の構造』を2000年に出版し、1974年以来ナチュラル・ヒストリー誌に連載してきたエッセーは2001年1月に終止符を打つ計画です。

確かに、2000年か2001年かといった小さなことに興奮するところに人間の弱さがあるのです。2000年という区切りの年をきっかけとして、自分、家族、学校、会社、人類、ならびに地球などについて考え、確認し、さらにはそれらの関係を調整する、チューニングの場としてとらえることこそ重要ではないでしょうか。

 ところで、世紀越えカウントダウンの日数を数えるときに難しい問題があるのはご存じでしょうか。1999年12月31日をあと1日とするベきかどうかです。ゼロの概念を導入すれば、1999年12月31日はあと0日と何時間となります。そして、2000年1月1日は第1日目ではなく第0日目と何時間となります。

しかし、日付だけで表す場合12月31日にあと0日となり1月1日に第0日目といわなければならなくなります。日付だけで表す場合はあと1日といいたくなるのが人情です。

 2000年500日前の世紀越えイベントを1998年8月19日に開催しましたが、これは1999年12月31日をあと1日として計算しました。あと0日とした方がよいのではないかという意見もありましたが、世の中と計算がずれるのを避けたのです。

21世紀の1000日前も1998年4月7日でしたが、これも2000年12月31日をあと1日としての計算です。

 ところで年齢における「ゼロ歳」は戦後アメリカから入って来ました。0歳の赤ちゃんも生後何カ月といわなければ一年間経過するまではいつまでたっても0歳であり、成長を数字で表現できなくなってしまいます。一カ月未満の場合も生後何日ということが必要となります。時が少しでも経過すればゼロとしたくないのが人間の感性なのです。

 そして、それが二〇〇〇年が二〇〇〇年代の幕開けであると主張する人が多いこととも関係しています。2001年は2000年というゼロの年から一年が経過した年なのです。落ち着いた未来のイメージがあり、子供でいうと一歳であるといえます。21世紀の始まりは2001年からですが、新しい一世紀は2000年から始まるという人が多いのもうなずけます。

 いずれにしても、1999年12月31日をあと0日と何時間といわない限りは2000年は20世紀に属することになります。2000年を新しい時代の幕開けと考えたい人は、勇気を出して2000年1月1日に「第0日目に突入しました!」と叫ぶことになるかもしれなません。そのことは、西暦2000年を周年イベントを開催する年として位置づけることで説明がつきます。周年イベントは、生誕100年、没後1000年、終戦50年、創立100年、結婚10年など、通常最後にゼロのつく年に行っているからです。生誕101年、没後1001年、終戦51年、創立101年、結婚11年に周年イベントを開催することはないのです。

 また、数字の魔力ということでも説明がつきます。2000年は2のつく最初の年であり、ゼロが三つも並ぶ年です。例えば、西洋の七信仰や中国の北斗七星、ならびに日本の七福神など、7は福を呼ぶ不思議な数字であり、パチンコでも777が並ぶと福がきます。平成9年9月9日に多くのイベントが開催され、平成10年10月10日にも麻布十番商店街などが商店街イベントを開催し、平成11年11月11日にいたっては大騒ぎとなりました。

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2007年5月12日 (土)

年末年始をなぜ祝う(クリスマスとお正月)

日本の年末年始はクリスマス、お正月、忘年会、ならびに新年会などと大騒ぎです。日本ではクリスマスやバレンタインデー、ならびにハローウィンなどの多くの祭礼を受け入れる文化を持っています。クリスマスもその一つです。

 このクリスマスを華やかなお祭りとして祝うのはプロテスタントの国であり、世界で一番華やかなクリスマスはニューヨークであるといわれています。アメリカではクリスマスセールが大盛況です。

 一方、カトリックではクリスマスは重要な儀式であり、宗教的なミサはあっても世俗的な盛り上がりには欠けています。クリスマスは紛れもなく民衆の生活に根づいた宗教行事なのです。

 そして日本はジングルベルとパーティーで盛り上がり、バブルの時期にはホテルもカップルで満員となりました。現在も、ブティックホテルに行列ができています。シングルにとってはクリスマスを誰と過ごすかが重要な関心事となり、ファミリーは今日はクリスマスですからと仕事を早く切り上げます。クリスマスを一緒に過ごせば、彼氏と彼女は本命ともいわれます。お正月よりクリスマスが好きな人に理由をたずねると「友達が集まってパーティーができる」「おせちよりケーキの方がいい」「ツリーやリースなどを飾り、クリスマスの方がかわいい」などの答えが返ってきます。クリスマスはおしゃれで洋風です。人気アーティストもクリスマスソングを次々と発表し、ヒット曲となっています。

 一方、お正月は和風です。大正大学の調査でも、自分が日本人であることを意識するときは「お正月」がトップとなっています。しかしながら、人気アーティストのお正月ソングなどはほとんど見られません。伝統的な「もういくつねるとお正月……」などがあるだけです。

 それもそのはず、日本では古くは正月は一年のはじめとして年中行事の中でも最も重要な折り目の日でした。暦法が採用される以前は春のはじめをもって一年のはじめとしていました。今の暦でいうと立春にあたる時期です。立春の前日を節分や年越というのはそのためです。年賀状に迎春などと書くのはこうした名残りでもあります。このように、正月に生物が躍動する春を迎え、生命力の更新を喜び祝ったのです。一年の年は稔(ネン)で、年は稲(トシ)でした。

 そして、お正月にはお盆と同じく祖先の霊が訪れると信じられていました。お盆の盆棚と同じようにお正月には年神棚があり、迎え火や送り火をたくようにどんど焼きがあります。また、大昔の新年だった小正月もお盆も、十五夜を挟んだ行事であったことも共通しています。この信仰は、世界各地の民族の間にも見られますが、日本の正月行事にもそうした意識があります。年末になると大掃除をして周辺を浄化します。門松を立て、餅を買うという正月準備は欠かせません。年の変わり目にはあの世から精霊たちがやってきます。特に先祖の霊が年の神として来ます。松を目印にして祖霊が空中を飛んでくるのです。そして、家の中に入り飾られた鏡餅に落ち着きます。門松も鏡餅も祖先の霊が寄りつくための依代(よりしろ)なのです。

 特に鏡餅には年の神の霊魂がこもるといわれます。お雑煮に餅を入れるのも鏡餅を食べることとつながっています。多くの地域で鏡餅が丸いのは霊魂をかたどっているからです。

 今、子供たちの楽しみになっているお年玉も元々は餅でありました。お年玉は年霊(としだま)・年魂(としだま)であったのです。そして、年の神の玉を分かち与えるという意味があるのです。

 そして、しめ縄は年神祭の祭場の標示です。もちろん地域によってさまざまですが、年の変わり目には祖霊だけでなく悪霊もやってくるので、人々は家の内外にしめ縄を張り巡らしたり、松飾りにつるすといわれます。家中でおこもりをし、村の鎮守の境内に参り、そこで一夜を過ごして災厄を防ごうとしました。大晦日の日に家族団らんの一時を送ったり、初詣をしたりして元旦を迎えるのもそれとつながっているのです。

 大晦日から元旦に至る時間には、お寺や教会の鐘、港の船の汽笛や自動車のクラクションなどの音が鳴り渡ります。音色により悪霊を除き、古い時間を捨て新しい時間に突入した瞬間で人々は高揚するのです。

 この一年間を順調に過ごしたいという思いは、絵に描いた門松やセット販売される松飾り、金額ばかりを気にするお年玉など、形骸化して現代の正月となっています。

 このように、門松を建てしめ縄を張る風習は平安時代に始まったといわれ、千年を超える伝統に支えられています。したがって、和風です。

 しかし、最近のお正月は和洋折衷となっています。羽根突き、たこ揚げ、かるたなどの風物も近年は見ることが少なくなっています。門松を建てる家は減少し、晴れ着姿の女性も少なくなっています。近年の正月がどこか寂しいのは正月文化が形骸化し、和風が減少しているからだとも考えられます。和洋折衷の象徴は第九交響曲ではないでしょうか。第九の演奏が日本で初めて行なわれたのは、第一次世界大戦当時の1918年6月、ドイツ兵捕虜収容所が徳島県鳴門市にあり、その兵士たちが演奏したことに始まります。日本人による初演は1924年です。師走と第九の因果関係には諸説がありますが、ベートーベンの交響曲で最後を飾る曲が一年の締めくくりにふさわしいと考えられたともいわています。

 また、「しめ飾り」も徐々に様変わりし、「おかめ」や「宝船」が減りつつあり、洋風のリース型が若い世代を中心に人気を集めています。マンション世帯の増加などが背景にあるといわれます。また、「しめ飾り」のような縁起物を値切る人が増加しており、正月に対する日本人の意識も大きく変わりつつあるようです。さらには、面倒臭いので飾らない人が増えているのです。鏡餅にいたっては、ウルトラマンやドラエモン、並びにハローキティなどの人気キャラクターをあしらったものまで出現し、ヒット商品となっています。

 一方のクリスマスも、もともとはこの頃から昼が次第にのびて太陽の力が強まってくることから、その日を太陽の誕生日であると見なしていたのだといいます。春の到来を祝った日本のお正月と共通するところがあるのです。ハッピークリスマス&ハッピーニューイヤーなどと一緒にしてしまう人も増えています。

 年賀状を多くの人と交換するようになったのも、明治にはいって郵便はがきが発行されるようになってからです。もともとは、元旦に親元や本家に集まって先祖祭に参加したり、生きている親を祝福する一家一門の儀礼であったのです。ちなみに、お年玉つき年賀はがきは1950年から始まりました。時代の変化とともに正月文化は少しずつ変化しています。

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神田祭いよいよ開催

平成19年の神田祭がいよいよ開催される。

神田祭.ch公式ブログ

5月12日(土)が神幸祭

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5月13日(日)が神輿宮入

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神田明神の入口

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秋葉原の電気街で

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秋原の電気街、これらの神輿はやがて神田明神に。

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神田明神。神輿宮入のクライマックス。

(写真は、平成13年の神田祭)

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2007年5月11日 (金)

ミレニアム(千年紀)とセンチュリー(世紀)

辞書でミレニアム(millennium)を調べると、「千年間、千年期、至福千年(キリストが再臨してこの世を統治するという神聖な千年間)、千年祭、特に幻影としての黄金時代」とあります。このように、ミレニアムにはさまざまな解釈があります。

 今から千年前、ミレニアムは西暦1000年を意識しており、西暦1001年を意識していたわけではないのです。ミレニアムは千年王国でした。したがって、もうすぐ訪れる西暦2000年および西暦2001年でもミレニアムは、西暦2000年を意識しているのです。

しかし、センチュリーの概念がキリスト生誕の数百年後にできたように、二度目のミレニアムを人類が経験することとなり、初めて、暦の単位としてのミレニアム(千年紀)を位置づけることが可能となり、第三ミレニアムの始まりは西暦2001年であることが明らかになりつつあるのではないかと考えられます。ミレニアムの訳に「千年祭」などに加えて、「千年紀」という意味が付加される時が来たのです。

 西暦が日本に定着したのは実は今世紀になってからで、日本にセンチュリーという言葉が定着してまだ百年たらずであります。ミレニアムという言葉にいたってはほとんど知られていないのが現状です。例えば、1901年1月1日に福沢諭吉は20世紀の始まりを祝いました。その目的は、20世紀の始まりは1900年ではなく、1901年であるといった認識を明らかにすることにあったといいます。

 ミレニアムという言葉は、千を意味するラテン語のミルからきています。センテニアルが百年祭、百年間を意味するのに対して、ミレニアムは千年祭、千年間のことなのです。

 ミレニアム、つまりは千年王国の概念はヨハネの黙示録第二十章第四節六にある。「キリストが再臨したあと地上にメシア王国を建て、最後の審判前の千年間そこを統治するだろう」とあるのです。これが千年王国の信仰を生んだのです。 また、「世紀」という言葉は「センチュリー」とはニュアンスが異っています。「世紀」は日本文化の中ではぐくまれ、暦としての世紀を超えて日本文化に根づいています。「世紀のご結婚」や「世紀のイベント」などは、決して世紀をテーマにした結婚やイベントではありません。そして、世紀の変わり目の結婚やイベントでもないのです。これらの「世紀の」は「一生に一度あるかないかの」と置き換えてもいいと考えられます。世紀は百年間であり人間の寿命に近いというのがその理由です。そのために、一生に一度しか体験できないような出来事を「世紀の○○」というのではないかと思えるのです。最近のニュースを見ても故ダイアナ元イギリス皇太子妃のドレスの競売を「世紀の競売」、三千年に一度というヘール・ボップ彗星の天体ショーを「世紀の天体ショー」、香港返還のイベントを「世紀のイベント」などといっています。

 また、政見放送などでも「二十一世紀に向けて」などとよく言われますが、それらを検証すると2100年までの百年間を見据えたものは少ないようです。むしろ21世紀に生き残る自分の生活のイメージを尊重した個人的な未来観に立脚しているのです。世紀というものが人間の寿命と重なると同時に、祖父母と父母と自分と子供をつなぐ三世代から四世代の長さとも合致して、現世でひいおじいちゃんがひ孫に向かって思い出話を自慢できるのが世紀です。

 世紀越え体験をする人々の多くが、21世紀の半ば頃にはこの世にいません。「21世紀に向けて」とは一体どこに向けているのでしょうか。四十歳で凶弾に倒れたジョン・レノンは最後のラジオ番組で「生きていれば希望がある」と話していましたが、「21世紀に向けて」という言葉には、20世紀末に生きている大人たちが子供たちに送る愛や希望ではないかと思えるのです。

 それに対して、ミレニアムはあまりにスケールが大きいようです。千年というスケールは百年というスケールとは大きく異なります。千年というスケールでとらえると紫式部、エジソン、コロンブス、ガンジー、ナポレオン、ならびにディズニーなどを一つのまとまりとして傾向を示していく必要が生じます。百年の傾向を示すことより千年の傾向を示すことの方がはるかに難しいといえます。

 しかしながら、西暦2000年の到来は世紀という百年のスケールだけではなく、ミレニアム(千年期)という千年のスケールで考えることができる絶好のチャンスとなっています。多くの宗教で千年というものは大切な意味を持っています。また、哲学の世界でもプラトンが「魂は千年目に回帰する」といっています。千年という時間の長さは、宗教や哲学によってしか人間の時間感覚と整合性を持たせることができないともいえるのです。また、千年というスケールは、人類と地球との関係を考えるのに適したスケールであるともいえます。

 最後に、十年以上前の辞書でセンチュリーとミレニアムに関連する単語を調べた結果を示しました。ミレニアムには千年紀という訳がないことがわかります。ちなみに、最新のワープロソフトでも千年紀と変換するものはほとんどありません。「千年紀」は考古学者などを除き、一般の人々が日常生活でほとんど使うことのなかった言葉なのです。

 

ミレニアムとセンチュリー(研究社 新英和中辞典 四訂版より抜枠)

 

millenary:(形容詞)千の、千からなる、千年(期)の(名詞)千年間、千年祭

centenary:(形容詞)百年(間)の、百ごとの、百年祭の(名詞)百年間、百年祭

millennial:(形容詞)千年間の、千年期の

centennial:(形容詞)百年ごとの、百年間の、百年祭の(名詞)百年祭

millennium:(名詞)千年間、千年期、千年祭

      至福千年(the millennium)(特に幻影としての)黄金時代

century:(名詞)一世紀(百年)

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どちらでもない男性と女性のコメント(世紀越えアンケート調査26)

①誰と世紀越えを過ごしたいか(その他のコメント)
  • わからない(40代男)
  • どうでもいい(40代男)
②どこで世紀越えをしたいか(その他のコメント)
  • 宇宙(30代男)
  • 世紀越えとは12月31~1月1のことか?とすれば必然的に初詣となる。 (40代男)
  • 希望無し(50代女)
  • 極楽(60代女)
③世紀越えイベントや世紀越えビジネスに関するご意見やご要望、並びにご提案
  • 世紀越えには関心がない。(20代男)
  • フィジー、バヌアツ、トンガ、関係の日付線に近い、リゾートツアーに日付変更線上で世界で一番早く21Cを迎える企画を付加する。(20代男)
  • 宝くじ等2000本(高額の)(20代男)
  • 何らの関心もない。(40代男)
  • わからない(40代男)
  • 欧米と違い、日本ではキリスト生誕2000年の意義は薄いと思う。日本民族が祝う必要なし。
  • どうでもいい(40代男)
  • 特に世紀越えに意味はないと思う。(自然の流れの一部なのだから)(30代女)
  • 薄っぺらいイベントより、その場その状況を感謝している自分でいたい。例えば、お金かけるよりボランティアや老人センター、子供のもためのこと、互いに感謝できるもの。(30代女)
  • ”世紀越え”という出来事を特別なものと考えていない。毎年、お正月を迎えるのと同じ感覚なので何とも思わない。(30代女)
  • オペラをもっと安く聞けるようにしてください。(50代女)
④身の回りで起こっている世紀末現象に関するご報告やご意見
  • 現在おこっている異常気象など気になる。ノストラダムスの予言はどうなんだろうか。(20代男)
  • 自然を大切にすること!利益のためだけの経済中心のものより、これから子供たちのためなどに役立つ世の中になることを願う。(30代女)
  • 世紀末現象が身の回りでおこっていないのでわからない。(30代女)
  • ごみ問題、電磁波(50代女)

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2000年から2001年に関心がある女性のコメント3(世紀越えアンケート25)

④身の回りで起こっている世紀末現象に関するご報告やご意見
  • 電磁波、排気ガスの問題について(20代女)
  • 「世紀末現象」なんていうのは、マスコミがあおっているだけで、本来は将来振り返って分析してどうこう言う結果論でしょう。(20代女)
  • パソコンが大変とマスコミがさわいでいる。(日付の変更)(20代女)
  • 世紀越えにあたってもっと地球の環境問題をみんなで考えるようにしたい。 (20代女)
  • 自然現象よりも人がおこす出来事、心のほうがこわいですわ。(30代女)
  • 子供を育てる上でのより良い社会を考えて欲しい。(30代女)
  • 香港が中国に返還され実に淋しいです。(40代女)
  • 車が多すぎます。(50代女)
  • 子供たちがいるので電磁波が心配(50代女)
  • 温暖化現象、ゴミ処理、電磁波問題を考えます。(60代女)
  • 現代世相は人の心と環境の破壊は益々悪くなってきています。明るい平和な社会へのたしかな歩みを解決策を話し合い進めていくべき時と思う。(60代女)
  • 遺伝子操作により作られる新種の野菜、果実、注目を浴びているクローン羊など便利と言うより恐ろしい。技術革新だけではどうにもならぬ精神、心のよりどころを見失いそうな気がする。(60代女)
  • 先週区の会報で知った2カ所へ行ってみた。目白はマアマア池袋の森ビルの谷間せまく、これを森といえるのかな、区いや日本も貧しい国、がっかりして帰ってきました。環境破壊はうたい文句では、税金の無駄遣いは多いけれど、なんとなならないでしょうか。(60代女)
  • ゴミ問題がたいへん気になります。(60代女)

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2000年から2001年に関心がある女性のコメント2(世紀越えアンケート調査24)

③世紀越えイベントや世紀越えビジネスに関するご意見やご要望、並びにご提案
  • ディズニーランドとかをただにする。(ぜんぶ無料)(10代女)
  • 記事になっていたことも知りませんでした。特別実感わかないなあ。日本人がそんなに盛り上がるとはちょっと考えられない。(20代女)
  • あまり数字にこだわらなくてもいーんじゃないの?(20代女)
  • 大画面でカウントダウン、その場にいた人にいろいろ(お酒とか)のサービス。記念品が欲しい。ドリーム宝くじもジャンボに。タレントのパレードを街で(歩行者天国にて)(20代女)
  • 時差をつかって世紀越えのリレーを24時間テレビで放映するのはどうでしょう?(20代女)
  • あまり世紀越えについて考えたことはありません。近くなったらきっといろいろと考えることでしょう。(20代女)
  • 宇宙を感じることのできるイベントがあったらと思う。(20代女)
  • 夜中にオペラや演劇など、楽しいイベントをして欲しい。又は、金閣寺でオーケストラなどがあれば出席してみたい。(20代女)
  • 今世紀に起こった出来事をいろいろな方法で公開するテレビ、ラジオ、インターネットなど、また、その出来事に対しての意見を求める。(20代女)
  • たぶん店名企業名、イベント名etc、世紀か2001等の名称が多くなるかも。(30代女)
  • 海外で大自然の中で思い出を作りたい。(30代女)
  • アメリカのようにパーと明るく、2000年を迎えたいです。(40代女)
  • 親子三代いっしょに楽しんで過ごせる事が出来たらと思います。最も身近な地域などで!!(50代女)
  • 病苦、経済苦、全ての苦をふっとばすような楽しいイベントを(世界規模で)(50代女)
  • クラシックコンサートが高すぎると思います。子供達が身近に聞ける様願いたいです。(60代女)
  • 2001年は輝かしい年であります。貧富の差を越えて、全員が楽しめる世紀越えの折り鶴なんかみんなで飾る事などでも祝えます。(60代女)
  • 教会やお寺の鐘、船、鉄道など、にぎやかに各々時を知らせ、21世紀を音で明るく迎える。(60代女)

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2007年5月10日 (木)

2000年から2001年に関心がある女性のコメント1(世紀越えアンケート23)

①誰と世紀越えを過ごしたいか(その他のコメント)
  • 好きな芸能人と(10代女)
  • その時いた人と(20代女)
  • ロバートレットフォードかマイケルダグラス(40代女)
②どこで世紀越えをしたいか(その他のコメント)
  • 海(10代女)
  • 一番早く日の昇る場所(20代女)
  • その時いた場所で(20代女)
  • 時期がせまらないとわからない。(20代女)
  • 山頂(20代女)
  • 宗教的な所で(20代女)
  • カウントダウンをやっている所(20代女)
  • 山の上(30代女)
  • 海辺(30代女)

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2000年から2001年に関心がある男性のコメント3(世紀越えアンケート調査22)

④身の回りで起こっている世紀末現象に関するご報告やご意見
  • 世紀末には必ずといってよいほど、戦争及び飢饉があると聞きます。最近の犯罪の様子も暴状な感じを受ける。(20代男)
  • まだ、自分の周りでは世紀末現象は起こっていないように感じる。前向きに物事を考える意識を持ち続けたい。(20代男)
  • 金融ビックバンや行政改革など、今世紀につくりあげられてきた価値観が崩されていくのを非常に感じます。(20代男)
  • 身の回りの動物、植物、などが消滅され、若い人のいじめ的暴行事件も増えている。(20代男)
  • 10代や20代の頃に思い描いたものとは違う、30代に突入しようとしている。(世紀末と共に)(20代男)
  • 最近町の電光掲示板でカウントダウンするものもでき、「あっ、もうそろそろかな」と感じる。(20代男)
  • 異常気象や新興宗教など、このごろの事件を全て世紀末現象の一環として見ている向きがあるが、ほんの少しその向きを信じている。(20代男)
  • あまり興味がありません。(20代男)
  • 僕もそんな現象に出会ってみたいです。(20代男)
  • 自然破壊(20代男)
  • 所有に関する意識の希薄化、「モノ」の存在感が軽くなっている。「地球」という言葉が市民権を得た。(20代男)
  • バカが多くなっている。(30代男)
  • 近所の公園からハトが少なくなった。(30代男)
  • 地球温暖化現象から経済大国である日本の水準の低さは大きな問題である。 (30代男)
  • たいはい感、道徳の乱れ等はそう結びつけることもできるだろうが、単なる時代の流れでしょう。(30代男)
  • 世界で起きているカルト集団事件。世紀末的現象は19cから20cなど歴史的にも一時的な理性の崩壊だ。(40代男)
  • 例えば、ビジネスにおけるパソコン等、多くの時刻表示が1900年代を主力としているが、今回2000年からスタートすることになり、ここに 入れ替えメンテナンス事業が一時的に集中的に要求される。ビジネスチャ ンスとともに乗り遅れると大変なリスクを背負う。チャンスかピンチかは スタートしだい。(40代男)
  • 良くないことが重なることを世紀末現象としてとりあげることに苦々しく思っている。(40代男)
  • クローン化、環境の後退(40代男)
  • 世紀越えの間違った認識。マスコミにおどらされている。(40代男)
  • 知りません(50代男)
  • はたしてクローン人間が出来るのか興味がある。(50代男)
  • 単なる時の経過にて日々日常的な事象(50代男)
  • 地震、殺人など(命のとおとさ)(50代男)
  • 環境問題(60代男)
  • 温暖化現象と考える。(60代男)
  • 安全に住める地球環境の方向づけ(60代男)

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2000年から2001年に関心がある男性のコメント2(世紀越えアンケート調査21)

③世紀越えイベントや世紀越えビジネスに関するご意見やご要望、並びにご提案
  • 21世紀を迎えるにあたり国単位の考え方から地球単位の発想で21世紀の地球の自然保護についてインターネットを使い議論する。(20代男)
  • 世紀越えイベントの位置づけは、地域活性化のみならず、日本からアジアそして、世界の人たちと共に、希望に満ちあふれた新世紀を迎えていこうという意識を自分も含めてもってもらう事にあると考える。例えば、音楽を通して世界を繋いでいくことをこれからも行っていきたい。(20代男)
  • 臨海副都心や幕張新都心のような近未来的な都市群で、神輿や太鼓といった日本の古くからある祭をやったらおもしろいのではないかと思います。(20代男)
  • 世紀越え宇宙旅行(20代男)
  • あまり気にすることはない。(20代男)
  • ウッドストックの様な野外音楽イベント(ジャンル関係無しの)(20代男)
  • 花火(20代男)
  • ノストラダムスの大予言を演劇でやる(20代男)
  • 地球社会での共生意識を盛り上げるしかけを期待します。(20代男)
  • 宇宙船に乗せて、21世紀を飛び越える。(うらしま効果)(20代男)
  • ドラエモン(本物)をさがす。(20代男)
  • 宇宙へいきたい。(20代男)
  • 世界共通言語「音楽」によるイベントは必然的。音楽+インターネット等による相互通知、リアルタイムの情報提供。未来には不安ではなく、希望があるという事を訴えていくビジネス。(20代男)
  • 世紀越えの祭り騒ぎは誰でもやるはず。逆に20世紀を振り返り、次の世紀をよりよい時代にするようみんなで考えるイベントをメディア全てを使ってやる方が良いのでは。(20代男)
  • あまり興味がありません。(20代男)
  • カウントダウンはとりあえず欠かせないでしょう。(20代男)
  • 2001年宇宙の旅(20代男)
  • 年越しライブのような、世紀越えの瞬間をカウントダウンするなど、大勢の人数で共感できるようなイベントがあれば参加したいと思います。(20代男)
  • 1日1日を精一杯生きているので、未来のこと、将来のことはあまりよくわからない。(20代男)
  • 個人的には「ゆく年くる年」を見ながら過ごしたいので、特になし。(20代男)
  • 可能な限りの人数を集めギネスに挑戦する。(30代男)
  • イベント性としては人の心に強くインパクトを与えるもの、「光と共に次世代の感動を与える。」(30代男)
  • スペースシャトル(30代男)
  • 世紀が変わるのが2000から2001の時という常識(1999から2000と思っている人が多い)を広く告知する必要があると思います。(30代男)
  • 自分の住んでいる街で街の人達と家族と迎えてみたい。街と街でつながったイベントがあるといいですね。(30代男)
  • 感慨深いものはあるが、特に何かをしたいとの希望はない。いつもと同じ正月になるのでは。それより、ヘールボップすい星の方が「一生に一度」感は強かった。(30代男)
  • 全然意識しておりません。(30代男)
  • 宗教的な価値観が世紀越えに意味や動機を与える。無宗教の日本で類似した価値は。(40代男)
  • 2000年という区切りの年に地球環境を次世代に譲り渡す。ゼロからスタートし新しい自然環境をつくりだす。宇宙船地球号を2000年に存在する生命の代表として全員が何か一つ次世代に残せるものにチャレンジ、貢献したいものです。例えば、植林。チベットのやせた土地に種をまく。破壊するのも人間であるが、環境を新たにつくりだすのも人間、地道な事をやり続けることができるのも人間。(40代男)
  • 21世紀の瞬間的時間変化には興味なし。むしろ、21世紀における我々の生活、環境、日本における立場、すべてに係わる表現を視覚で説明できるテーマパークを見学したい。(40代男)
  • 豪華クルージングで迎えるのもいいと思ったが、平凡に国内のスキー場でナイターを楽しみながら家族と迎えたいと思います。(40代男)
  • 飛行機に乗って日付変更線を12月31日から1月1日と越え、また、1月1日から12月31日と2度越える。(40代男)
  • もうタイムマシーンができてもいいかなー(40代男)
  • 1999~2000は世紀越えではない。Q3はまちがっている。(40代男)
  • 新しい事がおこりそうで、希望がもてるような企画があるといいですね。 (40代男)
  • 例年通り、年越しはコタツでテレビを見ていると思うので、テレビで見られるイベントをお願いしたい。(40代男)
  • 何もせずが一番良い。(50代男)
  • ごく自然に(50代男)
  • 失楽園の世界(50代男)
  • 無料で介護を受けられる皆護ビジネス。(50代男)
  • 普段の年末年始を迎えるが如く静かにしていて欲しい。騒々しいイベント等には耳ふさぎ、目を閉じているのみです。(50代男)
  • 自然になればよい。(50代男)
  • ムスメのムコを探してください。(50代男)
  • 1999~2000年は暦の上から言って世紀越えではありません。(60代男)
  • 博覧会が行われるなら参加してみたい。(60代男)
  • 地球上何処に行っても時間空間短縮が加速度的に着実に進んでいる。そこで、21世紀になったら人は時を感じさせないのんびりとした世界に憧れ、原始的で素朴な地域を求めて旅するでしょう。無人島へのご案内か。(60代男)
  • 高齢化時代の生活のあり方(60代男)

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2000年から2001年に関心がある男性のコメント1(世紀越えアンケート調査20)

①誰と世紀越えを過ごしたいか(その他のコメント)
  • GOD(10代男)
  • ハムスター(20代男)
  • 知的生命体(出来れば感性も持ち合わせている生命体)(40代男)
  • 孫たちと(60代男)
②どこで世紀越えをしたいか(その他のコメント)
  • 成層圏(10代男)
  • ハウステンボス(20代男)
  • 山上(20代男)
  • 山(20代男)
  • 宇宙空間(30代男)
  • 上司の家(30代男)
  • ハウステンボス(30代男)
  • 宇宙(30代男)
  • 海(30代男)
  • 住んでいる街(30代男)
  • 船の上(30代男)
  • 宇宙で(40代男)
  • ハウステンボス(40代男)
  • 南の島(40代男)
  • or
    海(50代男)

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世紀越えアンケート調査19(1999年から2000年に関心がある女性のコメント3)

④身の回りで起こっている世紀末現象に関するご報告やご意見
  • 無差別殺人や集団自殺など、死をもって解決しようとするのはとてもよくない。命の大切さをもっと多くの人が理解すべきだと思う。
  • みんな刹那的になっている。(20代女)
  • 日付を西暦の下2ケタで認識しているコンピューターが2000年を1900年と認識してしまう可能性があると聞きました。(20代女)
  • ノストラダムスなど、あと何年と思うと意識が薄くなった。(20代女)
  • 異常気象(20代女)
  • 台所が壊れ始めた。地震が多い。(20代女)
  • 地震(20代女)
  • 特にない。(20代女)
  • 中高生売春(20代女)
  • 全く感じない。(20代女)
  • 情報や物が氾濫しすぎていて、自分を失っていくような感じがします。それが、世紀末現象かどうかわかりませんが、人の心や生きていくということに自分も含めて真剣に取り組んでいないように思います。(20代女)
  • 地震が多い。(20代女)
  • 今まだピンとこないが、1999年1年間は私も周りも盛り上がるのではないでしょうか。(20代女)
  • 小さい子供のいる私にとっては、いじめや犯罪が多く、不景気でいやな住みにくい世の中になってしまっているので、2000年代は子供たちが心豊かに暮らせるような住み良い社会になって欲しいと願っています。(20代女)
  • 元から世紀越えなどにあまり興味というか胸騒ぐ物を感じないため、そのことを重要な意味をもってとらえる人々の心意が理解しづらい。(20代女)
  • 世紀末現象とは関係ないかもしれませんが、10年ほど前に21世紀の自分に手紙を書くという企画があり、(筑波万博)、それが届くのを楽しみにしています。  (20代女)
  • オウム心理教のハルマゲドンの話はどうなるのかな?(20代女)
  • 世紀末についての占いが相変わらずまだ残っているように思われる。(20代女)
  • 会社のオンラインがヤバイらしい。(20代女)
  • 事件が次々と起こるのでこのままいくと人類はいづれ破滅するかもしれないという不安がある。(20代女)
  • いつの時代に生きている人も将来に不安はあると思う。こんなにも物があふれ、環境が荒らされているのだからいつかは地球も終わってしまうことは誰でも想像するのではないか。(20代女)
  • 人間が皆互いに尊敬しあえて、優しい世の中になってほしい。私たちの子孫のために本当によい社会をつくっていきたい。(30代女)
  • 世紀末現象などとことさらマスコミが騒ぎ立てているだけだと思います。人権を尊重できる世紀がくるよう願います。(30代女)
  • この何年間に災害が多いような気がします。それから、ペットが画像の中で育てられるようになり、私はあまり好きではありません。生死を簡単に考える人が増えてきているように感じます。(30代女)
  • 世紀末ということと関連するのかどうかは疑問ですが、殺人事件(特に享楽からくるもの)は、確かに多くなってきたと思います。(30代女)
  • 既存の政治システムや社会経済システムは疲弊し、多くの問題が露呈してきています。また、自己を主張することばかりで、人も気持ちを考え、思いやることができない人が増えているように思います。このままで来世紀は?(30代女)
  • 悲観論と楽観論の両極端の気がする。(30代女)
  • まわりがさわぎすぎ。(30代女)
  • こういったアンケートを受けることぐらいでしょうか。(30代女)
  • 物があふれ使い捨てが進む一方で、残るものは大きな大きなゴミの山。生活が豊かになった反面、心はどんどん貧しくなっていくように思えてなりません。(自己反省も含めて)(40代女)
  • まだ、世紀末という言葉に実感がわかないので、世紀末現象をいわれてもピンとこないし深く考えたこともない。(40代女)
  • 電磁波、ゴミ処理問題について(40代女)
  • ノストラダムスの本がはやっている。(50代女)
  • やたらゴミが目に付く。人のモラルが出来ていない。(50代女)
  • 世紀末現象といえるかどうかわかりませんが、あまりにも多すぎる情報にふりまわされ過ぎているのではないかと思います。惑わされて何な本物か見分けがつかなくなっているように思います。(50代女)
  • コンピューターの事件が多くなりそうなので、ほうりつで防止を早めに!(50代女)
  • 世紀末イメージなくし、良い方向へイメージ努力していきたい。(50代女)
  • 善悪刹那の区別がなくなっており、また恥を知らない人と世の中になっている。(50代女)
  • ストーカーなどはやり、しかも家宅侵入から盗聴が日常茶飯事に行われている。(鍵屋は許可制にしたらどうか)(50代女)
  • 公害問題、添加物(食品問題)(50代女)
  • ゴミ処理問題、電磁波(50代女)
  • ゴミ問題がたいへん気になります。(60代女)
  • 政治家の腐敗、金融機関の乱れ、国民の汗の大事な税金の無駄づかい、いやな世の中になって悲しいことです。教育も家庭のしつけもおろそかになっているのが現象です。2000年には人間が心を豊かに生活できる様な環境であってほしいと願っています。(60代女)
  • 人間らしさをおろそかにして科学だけが進歩していくのは恐ろしいと思います。(60代女)
  • 各コンサートで19世紀末から20世紀前半を生きた作曲家の作品をよく聞くようになりました。ミュージアムグッズではクリムトやエゴンシーレの絵をプリントした小物をみかけます。しかし、まちなかでは、世紀末現象は目に見えるかたちで入ってきていません。(限られた範囲ですが)(60代女)

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世紀越えアンケート調査18(1999年から2000年に関心がある女性のコメント2)

③世紀越えイベントや世紀越えビジネスに関するご意見やご要望、並びにご提案
  • 世紀越えとは、勿論、大晦日から元旦と一緒になるのだから、普通は元旦から2週間程度でお正月気分が終わるところ、年間通じてお祭り気分なのも悪くないと思う。(10代女)
  • やっぱりこういう大きなイベントの時には、外ではなくて自分の家で盛り上がりたいと思うので、ラジオやテレビで何か楽しいイベントがあるといいなと思う。(10代女)
  • 日の出をカウントダウンしたい。(10代女)
  • 2000人と友達になれるようなイベント(10代女)
  • 新聞に出ていたクルーズツアーなんかいいと思う。休みとお金があったらぜひ参加してみたい。(20代女)
  • 国民一人につき2000円が支給される。(20代女)
  • 抽選で2000名が(200名か20名でも可)宇宙の旅へご招待。(20代女)
  • 船で日付変更線まで行き、世界で一番最初に21世紀を迎える。(20代女)
  • 世紀越えの結婚式があったらいいですね。(20代女)
  • 世紀が変わることはもちろん大きなイベントだとは思うが、何故、必要以上に騒いだり特別な過ごし方をしようと考えるのか理解できない。(20代女)
  • 2000人集まって特別なパーティーをする。(20代女)
  • COUNTDOWNやりたい。日本中で一斉に。(20代女)
  • 海に行く(20代女)
  • あまり派手なのは(20代女)
  • カウントダウンに何か楽しい工夫があると良いと思う。(20代女)
  • 楽しいことしたい。(20代女)
  • 巨大お好み焼きパーティー(2000人分)(20代女)
  • 2000人分のプリクラ集め(20代女)
  • 2000カ所とは言わないけど、200カ所都市めぐりツアー(20代女)
  • 2000年には何してるんだ?(20代女)
  • PAFFY
    と奥田民男のジョイントコンサート(24時間)(20代女)
  • ゴーカにハワイ(20代女)
  • JAZZのイベント(20代女)
  • アートイベント(20代女)
  • インドに行きたい(20代女)
  • ALL
    NIGHT
    パーティー、皆で新しい年を祝う(20代女)
  • 日本のホテルで夜を過ごし、朝海外に発ち、また海外で世紀越えを過ごせる。(20代女)
  • 防災上、日本では無理かもしれませんが、都会で打ち上げ花火(世紀越えを記念した)が観れたら素敵だと思います。(20代女)
  • 興味がない。(20代女)
  • 世界一早く2000年になるとか21世紀になる場所へのツアー。これをうたい文句に使えば人は飛びつくと思います。なぜなら100年後までこの時は来ないから。クルーズするのは限られた人で価格も高いので低廉で大衆的なツアー。(20代女)
  • 1999、2000の数字を使った商売。(1999枚限定とか1999円セールとか)(20代女)
  • 市町村でイベントをやり誰でも近くで参加できる。国民に2000円支給。(20代女)
  • 宇宙船に乗って宇宙へ行ってみたいです。(一般人が参加できる。)(20代女)
  • 質問ですが、19世紀から20世紀の時にはどんなイベントがあったのでしょうか?(20代女)
  • 世紀越えというチャンスに恵まれたのだから、マスコミやイベントで盛大に盛り上がることを期待したい。自宅にいても1000年代の出来事をマスコミで放送してもらい、気分を盛り上げられたらいい。2000年の日本を見るということでヘリコプターの遊覧飛行などのイベントもいいのでは。(20代女)
  • 海外まで行かなくてもいいが、例えば、東京湾内に船を泊めて夜通しパーティーなどもよいのでは。(20代女)
  • 香港の返還のように何もかもが値上がりするのはどうも感心しない。静かに親しい友達とだけで迎えたいものだと私は思う。(20代女)
  • 世紀の瞬間にその場で生きていると言うことは、とてもラッキーだと思うので、何か記念になるような物(指輪とか)を友達とつくりたい。(20代女)
  • レストランで定員制、混雑のないパーティー(派手なもの、風船で飾った店内でテレビでは各地の中継、立食パーティー等々)(20代女)
  • 雅子さま2000人とあくしゅする。(なわけない)(20代女)
  • おもしろいものがあったら参加してみたい。(20代女)
  • イベントいっぱいありそう。(20代女)
  • ウエディングをこの時期にできたらね。(20代女)
  • ゆっくり年越えしたい。(20代女)
  • 海外でいろいろな人達と一緒にパーティーでカウントダウンをしてみたい。(20代女)
  • カウントダウンは必ず行われると思うので、何か数字を使ったイベントがあるといいなと思います。(20代女)
  • 世紀越えはなかなか体験できることではないので、印象に残るような瞬間にしたい。カウントダウンは絶対必要だと思う。(20代女)
  • 世界の家運とダウンを1日追っていく(24時間テレビ)。お金がかからなくて普段出来ないこと(仮装パーティーとか)。(20代女)
  • はでにやってほしい。香港くらい。(20代女)
  • アート系でなにかあれば。(20代女)
  • 2000カ所同時にイベントを(同日同時期)行ってそれをつなげてみる。(20代女)
  • LOVE&PEACE!(20代女)
  • どこかに行ってみたい気もする。(20代女)
  • 東京で日本人ならではのイベントを求めています。(20代女)
  • 世界各国の世紀越えの様子を衛星中継する。(20代女)
  • 1999年の夜から2000年の早朝にかけてマラソン大会をする。ゴールしてまた新たな気持ちでその人、その人のスタートとなるように。(20代女)
  • 「20世紀なし」は、21世紀になっても「20世紀なし」でしょうか。(20代女)
  • 音楽会など(20代女)
  • 一般人として普通に生活しているので、その時々の情報で行動すると思う。おおみ そかには、あわただしく年を越すための準備をするだろうし、21世紀になるからと言って、さほどうかれた気分で何かをしようという気にはたぶんならないのではないかと思う。その時大きくはしゃいでも、次の日は又普通の日であるから。でも、今は不景気であるし、みんなが楽しめるものがあったらきっとのってくる人も多いのではないかと思う。(20代女)
  • 何をやっても構わないと思うが、過剰に騒ぎ立てるのはどうかと思う。(20代女)
  • 私はイベントなど楽しいことが大好きですが、この世紀越えに関しては今のところ具体的に考えておりません。世紀の変わり目を体験できることは素晴らしいことだとは思いますが、決して浮かれ騒ぐのではないと思います。文明の発展や生活様式の変化などについて改めて考えると共に、今後、何をどうしていくべきかを地に足を着け、考えるいい機会となることを希望します。(30代女)
  • 時は自然に流れるので、世紀越えという意識はあまりない。世紀越えをビジネスにするのは賛成できない。(30代女)
  • 盛り上がるのはいいが、企業優先、儲け主義のような風潮にはならないでほしいですね。(30代女)
  • 世紀がかわるといっても特に大騒ぎすることはないと思います。(30代女)
  • 武蔵野のように「2000年までに街のシンボルとして残せる樹木を2000本指定する」ということをどんどんお願いしたい。自然環境を破壊しないよなイベントを。川に鮭の稚魚2000びきを放流するetc.(30代女)
  • 花火大会(30代女)
  • 地元の川に行き灯りを流して行くというイベントはどうでしょう。静かに20世紀に別れを告げたいと思います。(30代女)
  • 1999年になってからもっとハデに活動してアピールしてください。(30代女)
  • イベントがあっても大混雑、一カ所ということではなく、全国的に家族全員が参加できることを企画して欲しい。(30代女)
  • ”何でもあり”の世の中で、新鮮な人々を感動させるようなイベントというのは非常に難しくなってきていると思います。(30代女)
  • 記念切手くらいなら買えるかもしれない。(30代女)
  • 特に世紀越えだからと意識はしていない。(30代女)
  • 千年に一度なので何かしたいとは思うが、きっとどこも混んで料金も高く、結局自宅にいていつもと同じように過ごしてしまうような気がする。(30代女)
  • ただの感想ですが、一ヶ月先の事でもピンと来ない性質なので、2年以上先の話は全く実感がわかない。未来って感じです。皆さん色々な案を練っているようですが、きっと自分は気がついたら世紀越えしてたっえことになっるンだろうと思う。(3 0代女)
  • ニューヨークでクリスマス。(30代女)
  • 地平線のみえる場所でゆっくりと世紀越えをしたい。(30代女)
  • 世紀越えイベントなど必要なのでしょうか。20世紀であった忘れてならない出来事、教訓をひとりひとりが静かに振り返った方が良いのでは。(40代女)
  • 企業にとっては相乗作用が期待できるが、あまり浮かれすぎないように注意した方がよいと思う。(40代女)
  • 1999年から2000年になるその一時を気のあった人たちと楽しみたい。(40代女)
  • 各地で一斉に花火をあげて夜空を真っ白に!(40代女)
  • ごみ処理の認識を変えるため全国民の意識向上キャンペーン、特に男性の意識向上するようなキャンペーン。(40代女)
  • 世紀越え用の特別の調理が食べたい。特別のワインが飲みたい。(50代女)
  • 月へ行って、月から21世紀を迎えた地球を見る。(50代女)
  • 去りゆくものくる新しい世紀を静かに迎えたらいいと思う。(50代女)
  • 夢があって楽しい。(50代女)
  • 外国で世紀越えを出来たらと思います。(50代女)
  • 汚れたゴミゴミした日本ではなくなっていれば、緑の多い、作られた自然ではなく、山は静かで道路も清掃されていて、空気もきれいでそういうところで生きていたい。 (50代女)
  • 全国一斉に鐘の音が聞こえる。(50代女)
  • 日本の今までの反省を込めて自己主張をキチンと出来る地球人になる良い標語みたいなものを募集して国を良い方に変えていく。がんばってください。(50代女)
  • ダンスパーティーを盛大にやる。(50代女)
  • 高原の静かな夜空を見ながら静かに来世紀を希望にもえるように自分流に(50代女)
  • 大胆なことや大規模なことを行うより、じっくりと社会の悪の現象、出来事の原因を追究していくイベントなど面白いと思う。(50代女)
  • イベントは必要ないと思います。そのパワーを新世紀に活かしていきたいものです。(50代女)
  • 意見ではありませんが、この歴史的瞬間を共有できる感動を静かに実感したいと思っています。(60代女)
  • 世紀越えに出産した赤ちゃん特集などいかがでしょう。夏の花火大会を世紀越えに隅田川であげるとか銀座通りに花自動車を走らせるとか。(60代女)
  • 家にいてもテレビなど通して世界の人々と感度を共に味わいたい。(60代女)
  • 長寿社会3世紀をいきる人が各界でいると思います。その方々の(有名、無名を問わず)記録集(聞き取り、写真
    etc
    )をまとめたら面白く興味深いものになると思います。(60代女)

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世紀越えアンケート調査17(1999年から2000年に関心がある女性のコメント1)

①誰と世紀越えを過ごしたいか(その他のコメント)
  • みんなで一堂に会する。(20代女)
  • 犬(20代女)
  • 犬と(20代女)
②どこで世紀越えをしたいか(その他のコメント)
  • コンサート会場(20代女)
  • みんなが一堂に会することができる野っぱら、またはサザンのコンサート(20代女)
  • 空(20代女)
  • 東京タワー(20代女)
  • 海(20代女)
  • ディズニーランド(20代女)
  • ディズニーランド(20代女)
  • コンサート会場(20代女)
  • バー(20代女)
  • 映画館(20代女)
  • 気にしてない(20代女)
  • もしも、何か特別のイベントがあればそこで(20代女)
  • 船上クルーズなど(20代女)
  • 初詣先(20代女)
  • 行きつけの宿で(30代女)
  • リゾート(30代女)
  • まだ決まっていない(40代女)

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世紀越えアンケート調査16(1999年から2000年に関心がある男性のコメント5)

1999年から2000年に関心がある男性のコメント
④身の回りで起こっている世紀末現象に関するご報告やご意見
  • 小学生売春(10代・男)
  • 軟弱すぎる今の男達(10代・男)
  • 官僚汚職(10代・男)
  • コンピューター2000年問題や、アンゴルモアの恐怖の大王はふってくるのか等。(10代・男)
  • 性が乱れている(10代・男)
  • 気候の異常(10代・男)
  • 恐怖の大魔王が降ってくる。宇宙人が俺の射程をしている。(10代・男)
  • ロンゲ、キムタク化(20代・男)
  • 海をきれいにしてください(20代・男)
  • 全て順調よ(20代・男)
  • バカがふえている。(20代・男)
  • 身の回りで起こっていない。(20代・男)
  • ”はえ”がふえた。部屋がきたないだけなのかもな。(20代・男)
  • みんな頭が良すぎる。(20代・男)
  • バカがふえた。(20代・男)
  • 地震が多発しているため、(特に特定地で)日本だけではなく、各国地震対策を進めてほしい。(20代・男)
  • 21世紀になったら聖飢魔Ⅱはどうするんだろう。ちょっと気になる。  (20代・男)
  • コンピューターの時計を修正する方々はさぞ大変だと思います。(20代・男)
  • 世界の地震(20代・男)
  • 最近、魚がまずい。(20代・男)
  • 別に感じません。(20代・男)
  • 2000年過ぎたらどうでもよくなってくる。(20代・男)
  • やけに地震が多い。(20代・男)
  • 夜空の星の数がふえた。(20代・男)
  • 政治が乱れている。(20代・男)
  • 愛がない(20代・男)
  • 彼女が浮気した。(20代・男)
  • 人妻の乱れた性(20代・男)
  • 1年間で10kg太った。(20代・男)
  • 世紀末だからといって特に意識していないので・・・(20代・男)
  • UFOが落ちている。(30代・男)
  • 地球がこわれていく。(30代・男)
  • ふりむくとだれもいないんです。(30代・男)
  • ごみがあふれている。(30代・男)
  • 男によく声をかけられるようになった。よく痴漢に会うようになった。  (30代・男)
  • ありすぎて書けない。(30代・男)
  • 放射能が地球をつつみ始めている。(30代・男)
  • 世紀末現象とは思っていないが、環境問題については早急に国をあげて取り組む必要があるとおもう(30代・男)
  • 環境問題(破壊)に関する意識が日本人は薄すぎる。この問題をマスコミ等はもっと取り上げるべきだと思う。(30代・男)
  • ノストラダムスの大予言はどうなるのかな?(30代・男)
  • 神がすべてをおこなう。(30代・男)
  • 私の友人で○○というのがいるが、彼によると世紀末から新世紀にかけて、大変化があるといっているが、どうなるのでしょうか。(30代・男)
  • すごい変化を感じている。(内面的に)(30代・男)
  • 最近やけに女運がいい。(30代・男)
  • 非行の低年齢化。(30代・男)
  • しゃべりすぎ。(30代・男)
  • いつでも世も末。(30代・男)
  • 天変地異(30代・男)
  • 占い師が増えた。(30代・男)
  • 何が世紀末現象なのかと考えてみても思い当たるものがない。ただ、20~30年前を振り返ると、今ほど悲惨な事件(殺人、サリン等)が少なかったように思う。それはなぜですか。教育、マスコミ、政治、親の何かが おかしいのではないだろうか。まずは自分のことから考えてみようと思う。(40代・男)
  • 世紀末現象といわれているものの全てはマスコミ及び広告屋にその全責任がある。(40代・男)
  • 人心荒廃、唯我独尊、他力本願、指導者迷走。(40代・男)
  • FCGビルの前の空地の竹の花が咲いた。レインボーブリッジが真夜中に白い光を放っていた。ユリカモメの群の中に血のように赤い鳥がいる。(40代・男)
  • 変な死にかたや殺人、妙な出来事が多いように感じる。(40代・男)
  • いわゆる世紀末的パラダイムの転換を感じる。新たな指標が望まれている。 (40代・男)
  • 変な病気が流行するなど。(40代・男)
  • ないね。(40代・男)
  • 環境破壊が進みすぎている。特にごみ問題等(40代・男)
  • クローン人間(40代・男)
  • 近頃腰を痛めた。(40代・男)
  • 諫早の締め切り。(40代・男)
  • 夕暮れ時によくUFOを見るようになった。(40代・男)
  • 日本社会が悪化していると感じている人が多いが、自立主体の行動原理を日本人はもっと持つべきでしょう。(40代・男)
  • 世紀末はハッピー感を味わくことがよい。世紀末は一般に悲しいことが起こるイメージがあるため。(40代・男)
  • 書物に、21世紀に向けてということがよく書かれている。しかし、私は特に21世紀だからと特別な意味は考えていない。(50代・男)
  • 地震、大雨、低温、高温、気候不順。(50代・男)
  • 時の一つの通過点であり、特に自覚無し。(50代・男)
  • リストラの嵐が吹きまくった20世紀後半において、家族を守るために生きていくことがどれだけ大変なことかがわかった。21世紀は、世界中の国が豊かになる政策を望む。(50代・男)
  • 世紀末はどの時代も私はキーワードは「整理」だと思います。野村、大和、第一勧銀など全て・・(50代・男)
  • 経済的にはまあかなと思いますが、心の豊かさに欠けているところが少し気になります。(50代・男)
  • ルーズソックス(50代・男)
  • 楽しさ、便利さの追求と無責任さが人類をだめにする。(50代・男)
  • 自分自身に問いかけ、機械、電子文明よりも自然と共に!(50代・男)
  • 国のリーダーの無責任、官僚の腐敗、野村証券の不法行為に見られるように各界リーダーの堕落、腐敗、無責任ぶりこそ世紀末現象。新世紀は全国民が倫理観、責任感のある人になることをテーマに取り上げ、みんなが研鑽を積むべきですね。(60代・男)
  • オームだ、年少のいじめ、金融・建設・不動産の崩壊不況の回復感の見通しができぬは、これ政治家の貧困、教育者の勤労者化、学生の怠惰、若者の見識のなさ、ペルー事件の如く、大人も若者も本人全部が平和ぼけ。危険に対する本能の欠如は世界中で日本人のみ。それは他国民の迷惑となる。(60代・男)
  • 世紀末を売り物にするやからが多発しなければよいが。(60代・男)

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世紀越えアンケート調査15(1999年から2000年に関心がある男性のコメント4)

1999年から2000年に関心がある男性のコメント

③世紀越えイベントや世紀越えビジネスに関するご意見やご要望、並びにご提案(1)

  • スポーツ、音楽等、ビートルズ・ツイスト・キャロル再結成。(イベントの為)(30代・男)

  • 
    
    
  • 宇宙との交信(30代・男)
  • イベント等への参加意識は低いので、関心はありません。ビジネスに関しては地球以外の惑星への人類の移転が最大のテーマとなり、宇宙への関心が広がると考えています。(30代・男)
  • やっぱり人間は一人さ(30代・男)
  • 富士山を人工的に爆発させる(30代・男)
  • 世界中の山を掃除してきれいにする。(30代・男)
  • 世紀越え1ヶ月前から食い放題、飲み放題をおこなってほしい。(30代・男)
  • 国民的な大イベントをやる。12月31日は朝からイベントだ。(30代・男)
  • 1999年12月31日に飛行機で日本を出発し、その瞬間をどこで迎えるかという世界的ミステリーツアー(30代・男)
  • 世紀末を迎え、宗教活動が活発になってきたので、世紀末宗教世界視察ツアー。(30代・男)
  • 宇宙にいきたい。(30代・男)
  • 申し訳ありませんが、あまり興味はありません。(30代・男)
  • 正確には2000年から2001年が世紀越えになるのだが、感覚的には1999年から2000年の方が納得できる。(30代・男)
  • 既にたくさんの企画があると思いますが、海外(特にヨーロッパ)で歴史への重みを感じながら過ごせるような企画を希望します。(30代・男)
  • 日の出観光など・・(30代・男)
  • リサイクルをテーマにしたイベント、ビジネス、商品等が増えてほしい。 (30代・男)
  • 健康食品をうまく世紀越えビジネスに生かせないかと思っています。(30代・男)
  • 過去よくやっているイベントなんかじゃなく、精神性を高めるような事をやったほうがいい。(30代・男)
  • 平和と豊かな環境をつくることに着目してゆかねばならない。(30代・男)
  • 1万人単位規模のネルトンパーティーをおこなって欲しい。(30代・男)
  • 全裸でコンサート(30代・男)
  • 世界中の紛争地帯に大量のサンタクロースを送り込む。(30代・男)
  • カウントダウン(30代・男)
  • 20世紀の出来事を一挙大放送してほしい(政治、経済、スポーツなど) (30代・男)
  • 過去に予測したものと将来の予測の対比を時系列で示す。例えば、過去にワープロが出現したとき普及率と機能予測の検証等、遺伝子治療や生物的複製等の進化。また、生物学的進化論による予測と創造。(40代・男)
  • 全くピンとこない。(40代・男)
  • 何でもイベント化することに疑問を感じる。世紀越えこそゆったりと静かに迎えたい。(40代・男)
  • パソコンを1000台位並べて、世紀末バグの瞬間を見せて欲しい。(40代・男)
  • 景気回復・減税(40代・男)
  • 2000年のほうが劇的だが、もう少し、世紀を意識させ2000年~2001年を明確にさせたほうがよい。(40代・男)
  • 2000年以降のビジョンの節目イベント(セレモニー)を開催すると効果が上がる。(40代・男)
  • 日付変更線で、世界で一番早く世紀越えをする。(40代・男)
  • スポーツイベント(40代・男)
  • オーストラリアあたりの広大な土地でとにかく大勢の世界中の人々と長期にわたって交流をはかる。(40代・男)
  • タイムカプセルの一つを開封する。(40代・男)
  • なにごともなく平和でありますように(40代・男)
  • 「20世紀」を記録した全集、CDROM等出版して欲しい。宇宙ステーションの建設に着工して欲しい。世界の自然を保護する国際法を発布して欲しい。(40代・男)
  • 長崎(佐世保)のカウントダウンショウへいきましょう。(40代・男)
  • 1ヶ月前後の休みとそれを過ごすための金銭を手当していただきたい。  (40代・男)
  • 巨大なアンテナ等の施設をつくってUFOとの交信に挑戦する。(40代・男)
  • 人類の進歩を感じられる様な企画やドラマがあればいい。(40代・男)
  • 普通の新年と同じ様な気持ちであまり特に感銘はありません。(40代・男)
  • 何かキャンペーンで無料になるイベント等があればいい。(40代・男)
  • 2000年のクリスマスにパーッとやってはどうでしょうか?(40代・男)
  • 21世紀ということがよくいわれているが、数字の切り替えという事であって連続する時の経過としては何の特別な意味を持っていない。(50代・男)
  • 水虫の薬のいいのをつくってください。(50代・男)
  • 老人ヘルスケア、身体障害者施設、福利厚生、失業問題など、これからは直接人に関わっていく仕事、どれだけ人の不自由を解消してやれるか、人を幸せにしてやれるか、そういう仕事が中心になると思う。(50代・男)
  • 区切り(100年単位)の歴史を!と100年先の予想は?(50代・男)
  • 一般人を含んだ宇宙旅行(50代・男)
  • 世紀越えをお祭りだと認識できるイベント等があれば意識しますが、盛り上がりがないときは多分一人で過ごします。家族で参加できるイベントを提案してください。(50代・男)
  • 静かに21世紀を待ちます。(50代・男)
  • 静かに過ごしたい。(50代・男)
  • 宇宙旅行(50代・男)
  • 我々の老後の方が気になり、そのような方向にも目を向けた世紀越えビジネスやイベントを行って欲しい。(50代・男)
  • より自然との調和、環境を意識した文化を築くため、コンテンツづくりが必要。(50代・男)
  • はなやかなイベントより時代を振り返りこれから子供達に何を残してやれるか。(50代、男)
  • 外国のイベントビジネスを参考にしてはどうか。「規制緩和」などで日本も大きく変わり、欧米並の「自由競争社会になると思うので。(60代・男)
  • 空の旅で、世紀越えを味わう特別ツアーなど。スケールを小さくして東京湾など各地でクルージングで世紀越え。(60代・男)
  • 社会的環境の保全。自然と生物と人間の共同自然帯。(60代・男)
  • 健康でできるだけ海外旅行をしたい。(60代・男)
  • 手作業によるコンピューターから音声へ変換は2000年に期待可能か。 (60代、男)
  • 21世紀を迎えるに当たり、お祭り騒ぎでなく、人類の今後の幸福について考える様な行事が実施できたらと考える。(60代・男)
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    2007年5月 9日 (水)

    世紀越えアンケート調査14(1999年から2000年に関心がある男性のコメント3)

    1999年から2000年に関心がある男性のコメント

    ③世紀越えイベントや世紀越えビジネスに関するご意見やご要望、並びにご提案(1)

    • 彼女つくりたい(10代・男)
    • 一人でぼーっとしてたい(10代・男)
    • 時間制限無しのぶっ倒れるまでラグビー大会(10代・男)
    • 24時間サッカー、一週間続けてもいい(10代・男)
    • 全国統一学祭、1ヶ月はやりたいね(10代・男)
    • 24時間ラグビー大会(10代・男)
    • タイムマシーンに乗せて欲しい。つくってね。(10代・男)
    • 渋谷を10代専用の街にする(10代・男)
    • 政府転覆(10代・男)
    • 記念値下げ(10代・男)
    • あきるまでディズニーランドで遊ばせて(10代・男)
    • 聖書を映画化する(10代・男)
    • 無料で2000人分の料理パーティーをしてくれ(10代・男)
    • ミューヨークのニューイヤーイベントのようなものを日本でもやって欲しい。(カウントダウン)(10代・男)
    • 無理に記念にするのではなく、記念になる、行事、イベントなどを考えて欲しいものです。何年かたって冷静になると恥ずかしいことなんかはよくあることです。そういうのはいやです。(10代・男)
    • やっぱりビックな人になる。(20代・男)
    • 人間を動物にする機械をつくって欲しい。(20代・男)
    • 海をきれいにしてください。(20代・男)
    • 第3の性、公認記念パーティー(20代・男)
    • 一人でそっとしておいてください。(20代・男)
    • アメリカにいくぜ(20代・男)
    • オーロラみたい(20代・男)
    • 静かに過ごしたい(20代・男)
    • ノストラダムスはどうなった?(20代・男)
    • 核兵器撤廃(20代・男)
    • 何かおもしろいことをやりたい(20代・男)
    • オリンピックにラクビーを!(20代・男)
    • 全ての学校教育を幼稚園から大学まで無試験でエスカレーターですすんでいけるようにして欲しい。(20代・男)
    • 同性愛者に理解とやさしさを(20代・男)
    • 平凡な人生。平凡パンチの復活!(20代・男)
    • 2000年記念品(20代・男)
    • 誰でも21世紀に対して期待感や不安感を持っていると思うので、多くの人の意見を聞く場や自分自身が発言し、考える場をつくって欲しい。(20代・男)
    • 広場で踊り明かしてカウントダウン!(20代・男)
    • 楽しくやれればOK(20代・男)
    • ディズニーランド遊び放題(20代・男)
    • クラブ・ディスコのダンス大会(20代・男)
    • たのしいこと。(20代・男)
    • 2000年万博。2000年の歴史にちなんだ博物館やテーマパーク。  (20代・男)
    • 1999年から2000年は21世紀に入るわけではないから、この年にイベントをするときは紛らわしくないようにしてください。でも数字が変わるのはこっちのほうが劇的なカンジ。(20代・男)
    • 世界各国のトップが一同につのってお祝いする。平和のあかし。(20代・男)
    • 0からはじまる国際間の新たな友好があればいいと思います。今までのことをすべて”0”にして。(20代・男)
    • 宇宙旅行(20代・男)
    • 彼とどこかに行く(20代・男)
    • 世紀越え登山(20代・男)
    • 東京の町全体又は日本全国を巻き込んだイベント(必ずしもテレビではなく)をやってほしい。(20代・男)
    • 2000人で楽しむ日の出ツアー(20代・男)
    • ディズニーランドのように花火やライティングでハデに年越しイベントのような事をしたいです。逆に、ディズニーランドは入場制限するのがウィークポイントなので、広い広場でやりたいですね。(20代・男)
    • 世紀越え記念歩行者天国を六本木で。花火でカウントダウン。初日の出クルーズ。(20代・男)
    • 飛行機にただで乗せてほしい。(20代・男)
    • とにかく飲む、飲んで飲んで記憶のなくなるまで飲ませてもらう。(20代・男)
    • 愛がすべてさ(20代・男)
    • 一週間ホテル代タダ(20代・男)
    • ただひたすらにたえること。(20代・男)
    • 10日間耐キューSEX。誰が最後まで腰をふっていられるか。(20代・男)
    • やはり日本最東端、もしくは日付変更線東端ギリギリの島で世紀越えしてみたい。(20代・男)
    • 世紀越えイベントをビジネスとして成り立たせるのは無理がありそう。私にとっては世紀越えなんてどうでもいいこと、何も変わらない。(20代・男)

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    世紀越えアンケート調査13(1999年から2000年に関心がある男性のコメント2)

    1999年から2000年に関心がある男性のコメント
    ②どこで世紀越えをしたいか(その他のコメント)
    • 花園ラグビー場(10代・男)
    • グランド(10代・男)
    • 学校(10代・男)
    • 秘密基地(10代・男)
    • 神社(10代・男)
    • 森の泉のほとり(10代・男)
    • その日の気分(10代・男)
    • 省荘(20代・男)
    • 深い深い山の中(20代・男)
    • 海の中(20代・男)
    • 月(20代・男)
    • 海(20代・男)
    • 南極(20代・男)
    • 部室(20代・男)
    • 学校(20代・男)
    • 先輩のところ(20代・男)
    • 居酒屋(20代・男)
    • 初日の出を見る海(20代・男)
    • 山(20代・男)
    • 海岸(20代・男)
    • UFO(30代・男)
    • 海の見える丘の上(30代・男)
    • 山の中(30代・男)
    • 東京タワー(30代・男)
    • 海の上(30代・男)
    • 一番高いところ(30代・男)
    • いつもの温泉旅館(30代・男)
    • 海(30代・男)
    • 海で(30代・男)
    • 別荘地(40代・男)
    • 故郷(40代・男)
    • 神社、仏閣(40代・男)

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    世紀越えアンケート調査12(1999年から2000年に関心がある男性のコメント1)

    1999年から2000年に関心がある男性のコメント

    ①誰と世紀越えを過ごしたいか(その他のコメント)
    • ヒョウと(20代・男)
    • 有名な人(20代・男)
    • 猫のアマデウス(名前)(20代・男)
    • 魚(20代・男)
    • 火星人(20代・男)
    • 愛人(20代・男)
    • 火星人(30代・男)
    • ペットの犬と(60代・男)

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    世紀越えアンケート調査11(世紀越えアンケート調査からわかったこと)

    世紀越えアンケート調査からわかったこと

    ・1999年から2000年の方が、2000年から2001年よりワクワクドキドキする人が7割を占め、西暦2000年(ミレニアム)という、1000年に一度の出来事の大きさが明らかになりました。

    ・1999年から2000年は動的に盛り上がり、2000年から2001年は静的に人類について考えようといった傾向がみられました。

    ・西暦2000年、年間を通じて人類にとって意義のあるイベントなどがあってもよいという意見も多く、2000年をテーマにした博覧会などがあれば行ってみたいという意見もみられました。

    ・「世紀越えを特別なものと考えていない」といった意見も5%程度よせられ、単なる大騒ぎはやめてほしいといった意見も多くみられました。

    ・世紀越えを家族や恋人、並びに友人などと過ごしたい人が8割以上を占めるなど、”ハレ”の場として”世紀越え”を捉えている人が圧倒的に多いことがわかりました。

    ・世紀越えの過ごし方の意向は、世代間でかなりの格差が見られました。若年層は、”カウントダウン”などで盛り上がることを希望し、高齢層は”人類における意義”を大切にする傾向がありました。また、世紀越えの過ごし方として、様々な意見が寄せられましたが、”世紀越え”は人によってその過ごし方やそれに対する考え方などにかなりの違いが見られました。特に、40代と50代の男性に「世紀越えは単なる通過点である」という意見が多くみられました。

    ・世紀越えを過ごしたい場所として自宅が4割を占めており、茶の間でテレビなどをみて歴史的瞬間を実感したいとする人が多いことがわかりました。

    ・世紀越えを過ごしたい場所として、海外や国内観光地は各世代共通に人気がありました。

    ・世紀越えイベントや世紀越えビジネスの提案としては、”カウントダウン”や”花火”などといったセレモニー的なものも多かったのですが、”年間を通じて意義あることをしたい”といった提案も目立ちました。また、「世紀越えを商品として扱うことに対して疑問を感じる」といった意見もありました。

    ・世紀末現象としては、現在、噴出している様々なスキャンダルをあげる人が目立ちました。また、個人的な問題を切々と訴える人も多く、世紀越えを「恋人と」過ごしたいとする回答者には世紀末に関する興味がない人が相対的に多いなど、世紀末現象に対する認識は個々人の日常生活に大きく影響をうけるものであることが明らかになりました。

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    世紀越えアンケート調査10

    世紀越えを過ごす場所として「海外」や「国内観光地」はどの年代にも平均的に人気が高く、世紀越えにおける国内外の観光・リゾート地の役割が大きいことがわかりました。

    世紀越えを過ごす場所を年齢別にみると、「自宅」という回答の割合は、50代が65%と最も多く、次いで60代が60%、40代が52%、30代が43%と年齢が低くなるにつれて小さなくなり、10代では22%と、世代間で大きな格差がみられました。

    一方、「海外」や「国内観光地」は全ての年齢層に共通して人気が高く、世紀越えの場所として大きな位置を占めていました。

    また、40代以上は、「レストラン」や「遊園地」などで過ごしたいという回答が少なくなっており、「静かに過ごしていたい」というコメントも多くみられました。

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    世紀越えアンケート調査9

    世紀越えのカウントダウンをどこで過ごしたいか?

    世紀越えを過ごしたい場所は、自宅が4割と一番多く、次いで海外が2割の順でした。また、国内観光地、ホテル、遊園地、レストラン、街の人気スポットなど、回答は多岐にわたりました。

    「世紀越えをどこで過ごしたいか」という質問に対しては、”世紀越え”を年越しの瞬間と解釈して、「自宅」が419件で42%と最も多く、次いで、「海外」が229件で23%となりました。

    また、「国内観光地」は、66件で7%、「ホテル」は61件で6%、「街の人気スポット」は55件で5%、「遊園地」は27件で3%でした。

    さらには、「その他」の回答も105件で10%と多く、具体的な場所をあげるものが目立った。「その他」の具体的な記述の中には、「宇宙」や「月」といったSF的なものや、「海の中」や「山頂」などの自然の中で過ごすもの、「学校」や「グランド」などの生活に密着した場所など、その回答は多岐にわたりました。

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    世紀越えアンケート調査8

    「世紀越えを誰と過ごしたいか」という回答には世代間の格差がみられました。

    「世紀越えを誰と過ごしたいか」を年齢別にみると、「家族と」という回答の割合は10代は20%ですが、年齢と共に高くなり60代以上では84%と、世代間で大きな格差がみられました。

    また、「一人で」という回答の割合も、10代が7%、20代が8%、30代が7%とかなり高い値になっていますが、40代が1%、50代が3%、60代以上が0%と40代を境に大きな違いがみられました。

    さらには、10代と20代は「友人と」、「恋人と」、「クラブ・サークルで」など、その回答が多岐にわたり、60代以上が「家族と」に集中するのに比べると明らかな意識の違いがみられました。

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    世紀越えアンケート調査7

    世紀越えを誰と過ごしたいか?

    世紀越えは家族、恋人、友人など、大切な人と過ごしたい人が8割以上を占めました。

    「世紀越えを誰と過ごしたいか」という質問に対しては、”世紀越え”を年越しの瞬間と解釈して、「家族と」が514件で51%と過半数を占めました。次いで、「恋人と」が174件で17%、「友人と」が139件で14%であり、それらを合計すると827件で82%となりました。

    また、「家族と恋人と友人」などの複数回答が42件で4%となっており、「今まで出会った人達みんなで集まりたい」といったコメントもみられました。

    一方、「一人で過ごしたい」という回答も59件で6%あり、”世紀越え”を特別なものと考える傾向がみられました。

    また、その他も40件で4%あり、「犬」や「宇宙人」など、様々なコメントがありました。

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    世紀越えアンケート調査6

    ③調査結果3

    「どちらでもない」(無回答を含む)という回答も4%あり、それらの回答者には、世紀越えを何とも思わないというコメントもみられました。

    「1999年から2000年、2000年から2001年のどちらでもない」(無回答を含む)という回答の割合も4%ありました。これらの回答の中には、「関心がない」、「”世紀越え”を特別なものと考えていない」といったコメントも多くみられました。

    また、「どちらでもない」の回答者は、世紀越えを「仕事仲間と過ごしたい」という回答の割合が11%(1999年~2000年、2000年~2001年は共に2%)と非常に高く、普段のままであるという意識が強いことがわかりました。

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    世紀越えアンケート調査5

    ②調査結果2

    1999年から2000年は動的に盛り上がり、2000年から2001年は静的に人類について考えようといった傾向がみられました。また、年間を通じて意義のあるイベントなどをしてもよいのではないかといった意見もありました。

    「1999年から2000年の方がワクワクドキドキする」人は、恋人と過ごしたい人の割合が18%(2000年~2001年が16%)、友人と過ごしたい人の割合が16%(同7%)とそれぞれ多く、また、街の人気スポットで過ごしたい人の割合も1999年から2000年は6%(同3%)、レストランで過ごしたい人の割合も3%(同1%)となっており、1999年から2000年には動的に盛り上がることを望む傾向がありました。

    一方、「2000年から2001年の方がワクワクドキドキする」人は、自宅で過ごしたい人の割合が46%で1999年から2000年の40%を上回るなど、静的に過ごしたいという傾向が見られました。

    また、世紀越えイベントや世紀越えビジネスに関する意見の記述欄でも、同様の傾向が見られ、1999年から2000年をあげた人は「パーッと盛り上がりたい」といった意見が多く寄せられ、一方、2000年から2001年をあげた人は「祭り騒ぎだけでなく、20世紀を振り返り、21世紀をよりよい時代にするようみんなで考えたい」などといったものが多くみられました。

    さらには、本アンケートでは、”世紀越えとは何か”に関するコメントをひかえたため、「普段の正月は2週間程度で盛り上がりは終わるが、年間を通じて意義あるイベントなどをしてもよいのではないか。」といった意見もみられました。

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    「世紀越え」という造語(その誕生秘話)

    「世紀越え」という造語は、日本経済新聞社の編集委員のある方が1996年当時、国の20000年イベント研究会の発起人の一人であるピース2000倶楽部主宰(谷国大輔:当時:田邊大輔)に、2000年ビジネスについて取材を行い、その取材の中で、「単なるカウントダウンではなく、世紀の架け橋としてのイベント、20世紀を総括して21世紀を展望する世紀を越えるイベント」と答えたことなどがきっかけとなり、日本経済新聞社の紙面「2000年ビジネス始動」に「世紀越え」と飾りがついたのが始まりです。

    その後、ピース2000倶楽部が「世紀越え」という言葉を定義づけ、世紀越えアンケート調査をはじめ、全国各地の自治体等への提案、また当時はまだ珍しかったホームページ(ピース2000倶楽部)での使用、そして、それにもまして、千葉県銚子市、北海道根室市、宮城県宮古市、沖縄県石垣市、沖縄県与那国町など全国各地の自治体、さらには愛知県をはじめとする全国の商店街などが、その提案を受けて「世紀越え」という言葉を採用したことよって、19世紀末にはなかったこの「世紀越え」という言葉が、20世紀末に急速に普及しました。

    なお、「世紀越え」という言葉は、その後、日本経済新聞社が主催した世紀越えイベント開催準備の前、日本経済新聞社のイベント担当部長とピース2000倶楽部主宰が電話で話し合い、「”世紀越え”は皆のものだから、誰もが使える言葉にしたい。」、また、「誰か他の人が商標登録をして日本経済新聞社のイベントで使えなくなっては困る」ということから、日本経済新聞社から商標登録を申請しています。

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    2007年5月 8日 (火)

    世紀越えアンケート調査4

    ①調査結果1

    「1999年から2000年の方が、2000年から2001年よりワクワクドキドキする」という回答が7割以上を占めました。

    「あなたは、1999年から2000年と2000年から2001年の内、どちらの世紀越えにワクワクドキドキしますか」という問いに対して、「1999年から2000年にワクワクドキドキする」という回答が、733件で73%となり、「2000年から2001年にワクワクドキドキする」の237件で24%を大きく上回りました。

    「1999年から2000年にワクワクドキドキする」と回答した人の中には、「21世紀への移行が2001年であるが、2000年の方が劇的である」というコメントをしたうえで、2000年にはゼロが3つ並ぶこと、1000年に一度であることなどを理由にあげる人が多くみられました。

    一方、「どちらでもない」(無回答を含む)とする回答も38件で4%程度ありました。これらの「どちらでもない」という回答の中には、「どちらにもワクワクドキドキしない」というコメントがつけられているものもあることから、”世紀越え”という出来事を特別なものと考えていない回答が多く含まれていると考えられます。

    ちなみに、本アンケートでは、”世紀越えとは何か”について、コメントをひかえたため、「暦のうえでは、1999年~2000年は世紀越えではない」といったご指摘が数件ありました。

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    世紀越えアンケート調査3

    ①アンケート回答者の年齢別・男女別構成

    アンケート回答者の男女別構成についてみると、回答総数1,008件のうち、男性が577件で57%、女性が431件で43%となり、男性の方がやや多い結果となりました。

    また、年齢別構成は、20代が420件で42%、30代が228件で23%となっており、20代と30代を合わせると65%を占めています。一方、10代が41件で4%と最も少なく、60代が85件で8%、50代が100件で10%、40代が134件で13%とそれぞれ、10%程度にとどまりました。

    ②アンケート回答者の職業別構成

    アンケート回答者の職業別構成をみると、会社員が413件で41%と最も多く、次いで学生が218件で22%、主婦が125件で12%、公務員が111件で11%となっています。

    会社員の割合が41%であるのに対して主婦の割合は12%と、かなり低くなっていますが、上記の男女別回答件数で女性の回答が431件を占めることから、会社員や公務員と回答した人の中には働きながら主婦をしている人もかなり含まれているといえます。

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    世紀越えアンケート調査2

    ①目的

    本アンケートは、世紀越えに関する認識の現状とそれに対する意向を探り、今後、世紀越えを契機としたイベントやビジネスなどのあり方を検討するための参考資料とすることを目的として実施しました。

    ②調査対象者

    可能な限り、様々な職種と年齢層の方々にアンケートにご協力をしていただきました。

    ③実施時期

    1997年4月~5月(本ホームページでは1996年11月~1997年5月)

    ④実施方法

    郵送法、面接法、電話法、留め置き法、並びにこのホームページでのアンケートのお願いなど、ピース2000倶楽部のメンバーを中心とした人的ネットワークにより、出来る限り多くの方々にご意見を伺うことをめざしました。調査方法としては簡易な方法といえますが、世紀越えの全体像を何らかの意味で反映するシミュレーションとなるよう、出来る限り多くの特定集団に配布しました。

    ⑤調査結果

    回収件数1,008件

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    世紀越えアンケート調査1

    (備考)世紀越えについて

    本アンケート調査では、おもに西暦2000年(ミレニアム・千年祭・百年祭)への移行と西暦2001年 (21世紀・第3ミレニアム)への移行の歴史的瞬間などを中心に、様々な”世紀越え”に関する考え方やご意見をご自由に 記入して頂くため、あえて、アンケートの用紙には、”世紀越え”に関するコメントをつけませんでした。

    そのため、何人かの方々から”1999年~2000年は世紀越えではない”といったご指摘がありました。

    ちなみに、ピース2000倶楽部では、世紀越えを

    「20世紀から21世紀へ、2千年紀から 3千年紀への時代の架け橋としての目的を持った国内外の全ての社会経済現象もしくは時期」

    と捉え、

    特に西暦2000年 (ミレニアム・千年祭・百年祭)への移行の瞬間を”大世紀越え・ミレニアムの歴史的瞬間”、

    西暦2001年(21世紀 ・第3ミレニアム)への移行の瞬間を”世紀越えの歴史的瞬間”

    とし、世紀越えの中心となる期間は西暦2000年を核に、 1999年から2001年の3年間ではないかと考えて事業を推進しました。

    また、ピース2000倶楽部では、”世紀越え”をこの様に解釈すると、アンケート調査を実施した1996年~1997年、 世紀末と同時に、すでに”世紀越え”が始まりであると考えられることから、全国各地に世紀越え事業についてご提案をし、「世紀越えイベント」と銘打つて、そのプロデュースをしていきました。

    ちなみに、「世紀越え」という言葉は、本アンケート調査が掲載された国の研究会(通産省の外郭)の調査報告書をはじめ、新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど、多くのメディアで紹介され、また、ピース2000倶楽部からご提案を受け、全国各地の自治体で「世紀越え」を事業名として採用したことから、「世紀越え」という言葉が急速に広まりました。

    なお、本調査結果は、多くのメディア(新聞・雑誌・テレビ・ラジオ)で紹介されました。

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    イベント情報とその記録(世紀越え・ミレニアムなど)

    本ブログは、「世紀越え・ミレニアム」、「博覧会」、「オリンピック」、「地域イベント」、「商店街イベント」、「地域のお祭り」など祭り・イベントのインフォメーションとそのアーカイブスです。(C)Copyright  for VARIO Inc. All rights rserved..無断転載を禁ずる。)

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